通路は思っていたよりも長く、そして狭かった。壁と呼ぶには曖昧な面が両側に続き、触れれば崩れそうな質感をしているのに、なぜか確かな強度を感じさせる。視界の先は暗いが、完全な闇ではない。どこからともなく滲むような光があり、距離感を狂わせていた。進んでいるはずなのに、同じ場所を歩いているような錯覚がつきまとう。足音は次第に自分のものではなくなり、遅れて返ってくる反響が、別の誰かの存在を匂わせる。それでも振り返ることはしなかった。ここで後ろを確認する行為そのものが、この場所の意図に組み込まれている気がしたからだ。
やがて通路は唐突に終わる。行き止まりではない。むしろ、空間が急に広がる。天井は高く、どこまで続いているのか判断できない。床には薄く埃が積もり、誰かが通った形跡だけが不自然に残されている。それは足跡ではなく、引きずられたような線だった。意図的に残されたものか、結果としてそうなったのか、その区別はつかなかった。ただ、その線がここに至るまでの時間を物語っているのは確かだった。過去が、形を持って床に横たわっている。そんな感覚が胸に広がる。
空間の中央付近で、微かな音がする。機械の駆動音にも、風の音にも似ていない。一定のリズムを持ちながら、しかし規則性からわずかに外れている。そのズレが、ここが完全に制御された場所ではないことを示していた。近づくにつれて、音は低く、重くなる。鼓動と重なり、一瞬、自分の心臓が外に出てしまったのではないかと錯覚する。ここで見えるものは、答えではない。そう直感的に理解する。これは証拠でもなく、説明でもない。ただ、否定できない事実として、存在している何かだ。
壁面に埋め込まれた装置が視界に入る。用途は分からないが、長い時間使われてきたことだけは伝わってくる。表面には無数の傷があり、その一つ一つが、誰かの躊躇や決断の痕跡のように見えた。触れると冷たい。だが、その冷たさは拒絶ではなく、感情を持たないものがそこにある、という単純な宣言だった。ここでは善悪も正誤も意味を持たない。あるのは、起きたことと、それを見てしまった者だけだ。
ふと、自分がここに来る前の景色を思い出そうとする。しかし、街の輪郭はぼやけ、色も失われている。代わりに、この空間の細部が異様なほど鮮明に残る。記憶の重心が、静かに移動しているのが分かった。戻る場所が消えていくのではない。ただ、戻る理由が薄れていく。ここで何かを知るということは、同時に、知らなかった自分を失うことなのだと、遅れて理解する。音はまだ続いている。止めることも、無視することもできない。ただ聞き続けるしかない。これが始まりなのか、すでに始まっていたものの中に立っているだけなのか、その判断すら、この場所では意味を成さなかった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。