ショッピが基地へ来てから、数日が経った。
だが、彼は未だに誰にも懐いていなかった。
唯一例外なのが、トントンだけ。
それも「近くにいることを許している」程度で、完全に警戒を解いたわけではない。
「……ほんまにトントン以外には近寄らんな」
ソファに座ったロボロが、小声で呟く。
視線の先では、黒猫姿のショッピが棚の上に丸くなっていた。
だが他の幹部が近づけば、すぐ耳を伏せて距離を取る。
「昨日なんかゾム見ただけで天井近くまで飛び上がっとったで」
「俺なんもしてへんやろ!?」
「顔ちゃう?」
「はぁ!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を見て、ショッピがびくっと震える。
その瞬間。
「お前ら、声量」
トントンの低い声が飛んだ。
「「すんません……」」
途端に静かになる幹部達。
ショッピはその様子を見つめ、小さく目を瞬かせた。
自分のために、怒ってくれた。
その事実が不思議だった。
「……にゃ」
「ん?」
トントンが顔を上げる。
ショッピは少しだけ迷ってから、棚から飛び降りた。
そして。
ぺたり、とトントンの足元へ座る。
一同が固まった。
「「「えっ」」」
「うぉ……」
ショッピ自身も驚いていた。
無意識だった。
でも、トントンの近くは少し安心する。
そう感じてしまったのだ。
「……ふはっ、なんやお前」
トントンが苦笑しながらしゃがみ込む。
ショッピはびくっとするが、逃げなかった。
そっと差し出された手。
ショッピは警戒しながら匂いを嗅ぐ。
大丈夫。
この手は痛くない。
そう分かっていても、身体は強張る。
過去の記憶が離れない。
――『化け物のくせに』
――『気持ち悪ぃ』
――『その姿に戻ってみろよ』
乱暴に引っ張られた腕。
閉じ込められた暗い部屋。
無理やり人間の姿に戻された恐怖。
フラッシュバックした瞬間、ショッピの身体が震えた。
「っ……!」
呼吸が乱れる。
視界が歪む。
「ショッピ?」
トントンの声が遠い。
怖い怖い怖い怖い。
触られる。
また。
「……っ、シャアァッ!!」
突然、ショッピが激しく威嚇した。
そのまま勢いよく後退し、棚の裏へ隠れる。
「!?」
場の空気が凍った。
「お、おい大丈夫か……?」
シャオロンが心配そうに覗き込もうとして――。
「待て」
トントンが止める。
低く、慎重な声だった。
「今近づいたら余計怖がる」
ショッピは隅で震えていた。
呼吸が上手くできない。
耳を塞ぎたい。
消えてしまいたい。
すると、少ししてから。
コト、と何かが近くへ置かれた。
ショッピが恐る恐る見ると、小皿に乗った温かいミルクだった。
離れた場所で、トントンが静かに座っている。
「……無理せんでええ」
「……」
「怖いなら、怖いままでええよ」
責める声じゃない。
呆れた声でもない。
ただ優しかった。
ショッピの瞳が揺れる。
「俺らは待つから」
その一言が、胸に刺さる。
待ってくれる人なんて、今までいなかった。
できない自分は切り捨てられてきた。
なのに、この人達は急かさない。
ショッピは少しずつ呼吸を整える。
震える足で、そっとミルクへ近づいた。
「……飲んだ」
チーノが小さく呟く。
誰も騒がない。
褒めちぎらない。
ただ静かに見守ってくれる。
その空気が、ショッピにはありがたかった。
ミルクを飲み終えると、ショッピはちらりとトントンを見る。
目が合う。
トントンは少し笑った。
「ええ子」
その瞬間。
ショッピの胸がきゅっと締め付けられた。
まただ。
その言葉が、どうしようもなく嬉しい。
嬉しくなってしまう。
信じたくなってしまう。
でも。
――もし裏切られたら?
その恐怖が消えない。
ショッピは逃げるように顔を背け、再び小さく丸くなった。
けれど今回は。
ほんの少しだけ、身体の震えが小さくなっていた。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!