第4話

4
196
2026/05/17 13:11 更新
その日の朝、基地は妙に静かだった。

「……あれ、ショッピ見てへんな」

シャオロンが辺りを見回す。

いつもなら朝食の匂いにつられて、どこかしらから黒猫が現れる時間だ。

だが今日は気配がない。

「また棚の上ちゃう?」

「いや、さっき見たけどおらんかったで」

チーノの言葉に、幹部達の空気が少し変わる。

「……探すか」

トントンが立ち上がった。

その声には、わずかな焦りが混じっていた。

ショッピはまだ精神的に不安定だ。

突然いなくなると嫌な想像ばかり浮かぶ。

基地内を手分けして探し始めて数十分後。

「……トントン!!」

エーミールの声が飛んだ。

急いで向かった先は、普段ほとんど使われていない資料室だった。

扉が少しだけ開いている。

「ショッピ?」

トントンが慎重に覗き込む。

そして、固まった。

部屋の隅。

積まれた毛布の中で、小さな人影が眠っていた。

黒に近い紫色の髪。

ふわふわとした猫毛。

白い肌。

華奢な身体。

そして、頭には黒い猫耳。

「……人間、姿……?」

後ろから覗き込んだチーノが目を見開く。

ショッピだった。

人間の姿。

つまりそれは――。

「信頼した相手がおる場所やないと戻れへん、ってことか……」

ゾムが小さく呟く。

誰も大きな声を出さなかった。

ショッピは眠っている。

けれどその表情は穏やかではない。

眉を寄せ、苦しそうに小さく震えていた。

「……っ、やめ……」

掠れた寝言。

びくり、と肩が跳ねる。

「……ごめ、なさ……」

謝罪。

それを聞いた瞬間、幹部達の表情が変わった。

胸が痛かった。

夢の中でまで謝るほど、この子は追い詰められていたのか。

トントンは静かに近づく。

起こさないよう、慎重に。

ショッピの前でしゃがみ込み、そっと毛布を掛け直した。

その時だった。

「っ……!」

ショッピが目を覚ました。

紫の瞳が大きく見開かれる。

数秒の沈黙。

そして。

「……ぁ」

自分が人間姿だと気づいた瞬間、ショッピの顔から血の気が引いた。

「ち、が……っ」

呼吸が乱れる。

隠さなきゃ。

見られた。

化け物だって思われる。

嫌われる。

捨てられる。

ショッピは慌てて後退しようとして、毛布に足を取られた。

「わっ――」

倒れかけた身体を、トントンが咄嗟に支える。

「大丈夫!」

「ひっ……!!」

触れられた瞬間、ショッピが怯えきった声を漏らした。

その反応に、トントンはハッとする。

すぐに力を緩め、距離を取った。

「……悪い」

責める声じゃない。

怒ってもいない。

ショッピは混乱したまま、震える手で自分の腕を抱き締めた。

「……気持ち、悪いやろ……」

小さな声だった。

消え入りそうなほど弱い声。

「……は?」

シャオロンが思わず間抜けな声を出す。

ショッピはさらに縮こまる。

「猫になったり、人間になったり……こんなん……普通やないし……」

過去に何度も浴びせられた言葉。

“化け物”。

その記憶が離れない。

だから見られたくなかった。

知られたくなかった。

だが。

「何言うとんねん」

低い声が返ってきた。

ゾムだった。

「それのどこが気持ち悪いねん」

「……ぇ」

「むしろ猫耳あるとか反則級やろ」

「ゾムさん今そこ?」

「可愛ええやん」

ロボロが真顔で頷く。

「ふわふわやし」

「ちっちゃいし」

「目ぇ綺麗やし」

「守りたくなる」

次々飛んでくる言葉に、ショッピの思考が止まる。

……何を言われている?

怖がられない。

拒絶されない。

それどころか。

「ショッピはショッピやろ」

トントンが静かに言った。

「猫でも、人間でも関係ない」

真っ直ぐな声だった。

ショッピの瞳が揺れる。

そんな風に言われたのは初めてだった。

ずっと否定されてきた。

存在を拒まれてきた。

なのに、この人達は。

「……なんで」

ぽつりと零れる。

「なんで、そんな優しいん……」

その声は震えていた。

怖かった。

優しさが。

信じたくなる自分が。

するとグルッペンが、ふっと笑う。

「簡単だ。お前が大事だからだ」

「……!」

「だから無理に笑わなくていい。怖いなら怖いと言え」

「頼っていいんやで」

エーミールが柔らかく微笑む。

ショッピの喉が詰まった。

涙が出そうになる。

でも泣き方なんて、もう忘れてしまった。

ただ胸だけが苦しくて。

温かくて。

ショッピは俯きながら、小さく小さく呟いた。

「……こわ、い……」

その言葉に、誰も否定しなかった。

「うん」

トントンが静かに頷く。

「ゆっくりでええよ」

その優しさに。

ショッピは初めて、“ここにいてもいいのかもしれない”と思ってしまった。

プリ小説オーディオドラマ