その日の朝、基地は妙に静かだった。
「……あれ、ショッピ見てへんな」
シャオロンが辺りを見回す。
いつもなら朝食の匂いにつられて、どこかしらから黒猫が現れる時間だ。
だが今日は気配がない。
「また棚の上ちゃう?」
「いや、さっき見たけどおらんかったで」
チーノの言葉に、幹部達の空気が少し変わる。
「……探すか」
トントンが立ち上がった。
その声には、わずかな焦りが混じっていた。
ショッピはまだ精神的に不安定だ。
突然いなくなると嫌な想像ばかり浮かぶ。
基地内を手分けして探し始めて数十分後。
「……トントン!!」
エーミールの声が飛んだ。
急いで向かった先は、普段ほとんど使われていない資料室だった。
扉が少しだけ開いている。
「ショッピ?」
トントンが慎重に覗き込む。
そして、固まった。
部屋の隅。
積まれた毛布の中で、小さな人影が眠っていた。
黒に近い紫色の髪。
ふわふわとした猫毛。
白い肌。
華奢な身体。
そして、頭には黒い猫耳。
「……人間、姿……?」
後ろから覗き込んだチーノが目を見開く。
ショッピだった。
人間の姿。
つまりそれは――。
「信頼した相手がおる場所やないと戻れへん、ってことか……」
ゾムが小さく呟く。
誰も大きな声を出さなかった。
ショッピは眠っている。
けれどその表情は穏やかではない。
眉を寄せ、苦しそうに小さく震えていた。
「……っ、やめ……」
掠れた寝言。
びくり、と肩が跳ねる。
「……ごめ、なさ……」
謝罪。
それを聞いた瞬間、幹部達の表情が変わった。
胸が痛かった。
夢の中でまで謝るほど、この子は追い詰められていたのか。
トントンは静かに近づく。
起こさないよう、慎重に。
ショッピの前でしゃがみ込み、そっと毛布を掛け直した。
その時だった。
「っ……!」
ショッピが目を覚ました。
紫の瞳が大きく見開かれる。
数秒の沈黙。
そして。
「……ぁ」
自分が人間姿だと気づいた瞬間、ショッピの顔から血の気が引いた。
「ち、が……っ」
呼吸が乱れる。
隠さなきゃ。
見られた。
化け物だって思われる。
嫌われる。
捨てられる。
ショッピは慌てて後退しようとして、毛布に足を取られた。
「わっ――」
倒れかけた身体を、トントンが咄嗟に支える。
「大丈夫!」
「ひっ……!!」
触れられた瞬間、ショッピが怯えきった声を漏らした。
その反応に、トントンはハッとする。
すぐに力を緩め、距離を取った。
「……悪い」
責める声じゃない。
怒ってもいない。
ショッピは混乱したまま、震える手で自分の腕を抱き締めた。
「……気持ち、悪いやろ……」
小さな声だった。
消え入りそうなほど弱い声。
「……は?」
シャオロンが思わず間抜けな声を出す。
ショッピはさらに縮こまる。
「猫になったり、人間になったり……こんなん……普通やないし……」
過去に何度も浴びせられた言葉。
“化け物”。
その記憶が離れない。
だから見られたくなかった。
知られたくなかった。
だが。
「何言うとんねん」
低い声が返ってきた。
ゾムだった。
「それのどこが気持ち悪いねん」
「……ぇ」
「むしろ猫耳あるとか反則級やろ」
「ゾムさん今そこ?」
「可愛ええやん」
ロボロが真顔で頷く。
「ふわふわやし」
「ちっちゃいし」
「目ぇ綺麗やし」
「守りたくなる」
次々飛んでくる言葉に、ショッピの思考が止まる。
……何を言われている?
怖がられない。
拒絶されない。
それどころか。
「ショッピはショッピやろ」
トントンが静かに言った。
「猫でも、人間でも関係ない」
真っ直ぐな声だった。
ショッピの瞳が揺れる。
そんな風に言われたのは初めてだった。
ずっと否定されてきた。
存在を拒まれてきた。
なのに、この人達は。
「……なんで」
ぽつりと零れる。
「なんで、そんな優しいん……」
その声は震えていた。
怖かった。
優しさが。
信じたくなる自分が。
するとグルッペンが、ふっと笑う。
「簡単だ。お前が大事だからだ」
「……!」
「だから無理に笑わなくていい。怖いなら怖いと言え」
「頼っていいんやで」
エーミールが柔らかく微笑む。
ショッピの喉が詰まった。
涙が出そうになる。
でも泣き方なんて、もう忘れてしまった。
ただ胸だけが苦しくて。
温かくて。
ショッピは俯きながら、小さく小さく呟いた。
「……こわ、い……」
その言葉に、誰も否定しなかった。
「うん」
トントンが静かに頷く。
「ゆっくりでええよ」
その優しさに。
ショッピは初めて、“ここにいてもいいのかもしれない”と思ってしまった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。