翌日。
鳴海弦の姿は、任務ブリーフィングルームになかった。
それだけで、空気が一段、重くなる。
誰も口には出さない。
だが全員が理解している。
――隊長不在。
あなたの下の名前は、ヘルメットを被りながら、無意識に視線を巡らせた。
そこにあるはずの背中。
短い指示。
苛立ったような、けれど迷いのない声。
ない。
胸の奥が、静かにざわつく。
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出動。
怪獣は中型。
市街地近郊。
避難は進んでいるが、判断の遅れが致命傷になる距離。
誰かが、呟く。
その視線が、あなたの下の名前に集まる。
最年少。
けれど、最前線に立つ存在。
霞双牙を握る手に、力が入る。
いつもなら、
鳴海が一瞬で切り捨てていた場面。
けれど今日は、いない。
――考えろ。
――判断しろ。
そう言われている気がして、
逆に、頭が真っ白になる。
一歩、踏み出しかけて、止まる。
違う。
これは、違う。
今までの自分は、
“正解をなぞって”いただけじゃないのか。
胸の奥で、
嫌な問いが、音を立てる。
そのとき。
通信に、
聞き慣れた低い声が割り込んだ。
心臓が、跳ねる。
一瞬、
戦場だということを忘れかける。
声が、わずかに震えた。
見られているみたいで、
思わず唇を噛む。
短い返事。
少しの沈黙。
それから。
あまりにも、あっさりした声。
周囲の隊員が、驚いたようにあなたの下の名前を見る。
その一言で、
胸の奥に張りついていた不安が、すっと剥がれた。
――そうだった。
自分は、
言われた通りに動くために剣を握ってきたんじゃない。
走って、
斬って、
守って。
全部、自分で選んできた。
今度は、はっきりと答える。
迷いが、消えた。
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あなたの下の名前は、前に出た。
地面を蹴る。
霞双牙が、風を裂く。
怪獣の動き。
建物の位置。
避難経路。
視界が、一気に開ける。
声が、自然に出た。
隊が、動く。
連携が、噛み合う。
あなたの下の名前は、怪獣の懐に飛び込んだ。
剣筋は、冴えていた。
だが、それ以上に――
迷いがなかった。
一閃。
核が、露出する。
誰かが叫ぶ前に、
霞双牙が、確実にそれを断った。
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怪獣、沈黙。
通信が、静かになる。
鳴海の声。
あなたの下の名前は、息を整えながら、空を見上げた。
少し、間。
あなたの下の名前は、
小さく笑った。
短い笑い。
それで、十分だった。
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戦場に立つあなたの下の名前の背中は、
もう「隊長の娘」だけではない。
それでも。
彼女が迷ったとき、
あの声は、必ず届く。
姿がなくても。
隣に立てなくても。
信じて、
手放した人間の声は――
決して、遠くならない。
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第十話・了














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。