「一昨日会った時、何をされてたんですか?」
月曜日の朝、少弐君が私に話しかけてきた。
「一昨日はちょっと落ち着かなくって…散歩をしていたわ。」
「そうなんですね。」
ふと、私は少弐君が大事に抱き抱えた大きな紙が気になった。
「その紙はどうしたの?」
「あぁ、これですか?これは僕の描いた絵です。」
そう言って、私に絵をみせてくる。
その絵には、多少大袈裟に表現された光と美しく咲き誇る桜が描かれていた。
これは…この学校の校門前にある桜の木だ。
「綺麗ね…」
「そう言って貰えて嬉しいです!これは入学式の際に見る桜をモチーフにしていて、入学式や特別な行事で見る桜は通常の何倍も輝いて見えるので、多少光を大袈裟に入れてます。」
絵について語る彼の目は真っ直ぐ輝いた。
私はこんな彼の表情を初めて見た。
「好きなの…?絵」
ふと、尋ねた。
その一瞬で、輝いていた目に暗がりが現れる。
「はい…でも、両親が許してくれないんです。勉強以外はするなって言われて…家で絵も描かせて貰えなくって…。」
なんて家族なんだ。
今まで聞いた話も確かに酷かったが、私はこの話を聞いた時、最も怒りを覚えた。
私は気づいたら、唇を噛んでいた。
それに気づいた時には、唇から血液が流れ、舌に違和感のある味が広がっていた。
私は赤く染った唇を隠して、少弐君の話を聞いた。
「去年の夏休みの宿題で、美術館へ足を運んで鑑賞した作品についてプリントにまとめる宿題が出た時には、親に成績のためだと嘘をついて美術館に入り浸ったものです」
彼は頭を掻きながら言った。
その姿は、世の闇を知らぬ少年の様な優しく純粋なオーラを纏っていた。
私もこんなに好きになれるものがあれば人生が変わったのだろうか。
そもそも私が何かに打ち込むなんて事あったのだろうか。
その点で言えば、彼が羨ましい。
それから数秒して、彼を羨む気持ちが膨れ上がると共に、彼の両親に対する怒りも膨れ上がり、私は再び唇を強く噛んだ。
「少弐先生!?唇から血が出てますよ!大丈夫ですか?」
少弐君の言葉で私は現実に引き戻された。
それと同時に、私の携帯が鳴る。
「ちょっとごめんなさい。」
そう言って携帯の画面を見ると、友人からの電話だった。
何か問題でもあったのだろうか?
私は少弐君と1度別れてから、電話に出た。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!