ジャージのポケットから見つかった、あなたからの最後の手紙。
あの温かい言葉を胸に抱いたまま、俺は、休日の午後に再びあの見晴らしの良い霊園へと足を運んでいた。
手紙をくれたあいつに、どうしても今すぐに「俺は幸せに生きてるよ」と伝えたかったんだ。
お花を抱え、いつもの緩やかな坂道を上っていく。
しかし、あいつの墓石が見えた瞬間、俺は思わず足を止めた。
「……あ」
そこには、先客がいた。
俺の知らない、一人の若い女性だった。
綺麗な長い髪を風に揺らしながら、彼女はあなたの墓の前で静かに両手を合わせ、目を閉じている。
親戚の人だろうか。
それとも、俺たちの知らない学校の友人か。
声をかけるべきか迷っていると、彼女がゆっくりと目を開け、こちらを振り返った。
ハッと息を呑む。
初対面の、全く見知らない女性のはずだった。
けれど、その優しげな瞳の奥にある光に、なぜか胸の奥がドクンと奇妙な高鳴りを見せる。
(なんだろう、この感覚……)
俺が戸惑っていると、彼女は俺の姿を見て、一瞬だけ目をごく僅かに見開いた。
まるで、ずっと会いたかった人にようやく会えたかのような、そんな愛おしさと切なさが混ざった瞳だった。
けれど、彼女はすぐに柔らかな笑みを浮かべ、何事もなかったかのように初対面の振る舞いをした。
「あ……すみません。お知り合いの方ですか?」
鈴が転がるような、どこか懐かしい声だった。
「あ、はい。高校の時の、部活の仲間です。あなたは……?」
「私は……ちょっと、遠いところから。この方に、どうしても『ありがとう』と伝えたくて、会いに来たんです」
彼女は、愛おしそうに墓石を見つめながらそう言った。
「そうなんですね。あなたも、きっと喜んでます。わざわざ遠くから来てもらえて」
俺がそう言って微笑むと、彼女の目元が少しだけ寂しそうに揺れた。
「菅原さんは……今、幸せですか?」
唐突な質問だった。
なぜ、俺の名前を知っているのか。
そう疑問に思うより先に、彼女の真っ直ぐな瞳に押されるように、俺は自然と言葉を返していた。
「ええ。教師になって、毎日大変だけど、すごく充実してます。あいつが俺の心臓を動かしてくれたから、今、最高の人生を生きてますよ」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の顔に、言葉では言い表せないほど綺麗で、どこか泣き出しそうなほどの満面の笑みが咲いた。
あいつの手紙に書かれていた『菅原さんの隣に素敵な人がいることを楽しみにしてます』という願いが、今、前を向いて生きる菅原の姿によって叶えられた瞬間だった。
「よかった。……本当に、よかったです」
彼女は深く一礼すると、「お邪魔しました」と言って、俺の横を通り過ぎて歩き出した。
すれ違う瞬間、ふわりと、あの高校時代の部室で微かに香っていたような、懐かしい匂いが鼻腔をくすぐった。
「あの――!」
俺は思わず振り返り、彼女の背中に声をかけた。
「俺、あなたと、どこかでお会いしたこと……」
彼女は立ち止まり、振り返らずに、空を見上げた。
ちょうどその時、雲の隙間から春の温かい光が差し込み、彼女の輪郭を優しく包み込む。
「いいえ。でも……いつかまた、あなたの隣を歩ける日を信じてます」
彼女は手紙の一節と同じ言葉を小さく呟くと、今度こそ、軽やかな足取りで坂道を下っていった。
俺は呆然と、彼女が去っていった道を見つめていた。
気がつくと、墓石の前に供えられたお花が、風もないのに嬉しそうに揺れている。
カラスが鳴いたそのあとに。
俺は墓前に一歩近づき、まだ見ぬ奇跡のような未来の気配を、確かにその胸に感じていた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。