あなたside
朝起きてスマホを開いた瞬間、私はそっと画面を閉じた。
……うん。見なかったことにしよう。
無理だけど。
昨日のオリンピック観戦から、SNSが大変なことになっている。
『元世界的アイドルのあなた、アルゼンチン応援席にいたらしい』
『誰のファンなんだろ?』
『めっちゃ喜んでたのかわいかった!』
『アルゼンチンに推しがいるのかな?』
……推し。
間違ってはいない。
ただ、その推しが私の彼氏だなんて、誰も思わないだろうけど。
「はぁ……」
スマホをベッドに置く。
別に悪いことをしたわけじゃない。
アルゼンチンを応援したっていいし、試合を楽しんだっていい。
でも、及川くんのことまで知られたら。
……いやいや。
付き合っていることを公表するつもりはない。
及川くんは今、オリンピックに集中しなきゃいけない時期だし、私だって彼の邪魔をしたくない。
そう考えていると、スマホが震えた。
及川: おはよー
及川: 昨日の写真、結構広まってるね笑
「……見てるんだ!?」
思わず声が出た。
私が返信する前に、もう一通。
及川: まあ、楽しそうだったからいいけど
及川: 俺のチームの応援、ありがとね
……ずるい。
そんなこと言われたら、また会いたくなるじゃん。
あなた: だって勝ってほしかったんだもん!
あなた: サービスエースかっこよかったよ!
送信してから、少しだけ恥ずかしくなった。
褒めすぎたかな。
でも、本当にかっこよかったんだから仕方ない。
及川: え、そこ見てた?
及川: もっと褒めてもいいんだよ?
「出た……」
いつもの及川くんだ。
試合中はあんなに真剣なのに、LINEだとすぐこれ。
あなた: 調子乗らないで笑
及川: ひどっ!
及川: でも、ありがと
最後の一言は、いつもより少しだけ素直だった。
私はその画面を見て、自然と笑っていた。
会えないのは寂しい。
もっと話したいし、できれば顔だって見たい。
でも、今はこの人が頑張っているところを、ちゃんと応援していたい。
あなた: 次の試合も見るからね!
及川: ん。見てて
及川: かっこいいとこ見せるから
あなた: はいはい笑
スマホを置いて、私はもう一度SNSを開いた。
まだまだ話題は続いている。
……まあ、いっか。
今は、及川くんが勝つところを見たい。
それが一番だった。
⸻
及川徹 side
「及川、昨日の試合、調子よかったな」
練習の合間、チームメイトに声をかけられた。
「でしょ? 及川さん、昨日は特に輝いてたからね!」
「はいはい」
笑いながら返す。
でも、頭の中では別のことを考えていた。
昨日、あなたが来てくれた。
しかも、あんなに楽しそうに応援してくれていた。
写真を見た瞬間は、本当に驚いた。
来るなんて聞いていなかったし、まさかアルゼンチンの応援席にいるとも思わなかった。
……会いたいな。
昨日、同じ会場にいたのに。
試合中は当然、彼女を探す余裕なんてなかった。
試合が終わってからも、チームのミーティングやケアがあって、すぐには連絡できなかった。
今だって、本当はもっと話したい。
でも、今はオリンピックの最中だ。
やるべきことはわかっている。
「及川、次の練習メニュー確認したか?」
「もちろん!」
スマホをしまい、コートに戻る。
彼女が見てくれている。
そう思うだけで、いつもより少しだけ気合いが入った。
⸻
日本・岩泉一 side
「……ん?」
休憩中、スマホを確認していた岩泉は、ある投稿に目を留めた。
『元世界的アイドルのあなた、アルゼンチン応援席にいたらしい!』
添付された写真。
そこには、アルゼンチンの国旗を持って、楽しそうに拍手をするあなたが写っていた。
「……あいつ、何してんだ?」
思わず声が出た。
いや、別にアルゼンチンを応援すること自体は自由だ。
だが、岩泉は少しだけ不思議に思った。
あなたは日本で活動していた頃から、世界中で知られていた人物だ。
オリンピックの会場にいたら、目撃されてもおかしくない。
それにしても、ずいぶん楽しそうだ。
「アルゼンチンに知り合いでもいるのか……?」
画面を拡大してみる。
写真の中のあなたは、試合に夢中になっているようだった。
岩泉は少し考えたあと、スマホをしまった。
今は日本のサポーターとして、やるべきことがある。
アルゼンチンは日本にとって、対戦する可能性のある相手だ。
及川がいるチームでもある。
だからこそ、試合では遠慮するつもりはない。
「……まあ、理由はそのうちわかるだろ」
岩泉はそうつぶやき、仕事に戻った。
まさか、その理由が、長年の付き合いがあるあの男と関係しているとは。
この時点では、まだ知る由もなかった。
⸻
その夜・あなたside
夜、ホテルの部屋で次の試合の日程を確認していた。
次も、アルゼンチンの試合を見に行く予定だ。
及川くんは忙しい。
だから、直接会えるかどうかはわからない。
それでもいい。
コートに立つ彼を見られるだけで、十分嬉しいから。
スマホを開くと、及川くんからメッセージが届いていた。
及川: 明日も練習だから、今日はもう寝るね
及川: おやすみ、あなた
私は少し迷ってから、返信した。
あなた: おやすみ!
あなた: 明日も応援してるよ。無理しすぎないでね
すぐに既読がついた。
及川: ありがと
及川: 終わったら、また連絡する
その短い言葉が嬉しかった。
スマホを胸元に置いて、私は目を閉じる。
明日も、彼はコートに立つ。
私は客席から応援する。
今はそれぞれの場所で、頑張ろう。
そう思っていた。
けれど翌日。
岩泉が見つけた写真をきっかけに、思いもよらない人物から連絡が来ることになる。
そして、あなたがアルゼンチンを応援していた本当の理由に、少しずつ近づいていくのだった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。