第16話

No.16
33
2026/10/28 21:31 更新

あなたside

朝起きてスマホを開いた瞬間、私はそっと画面を閉じた。

……うん。見なかったことにしよう。

無理だけど。

昨日のオリンピック観戦から、SNSが大変なことになっている。

『元世界的アイドルのあなた、アルゼンチン応援席にいたらしい』

『誰のファンなんだろ?』

『めっちゃ喜んでたのかわいかった!』

『アルゼンチンに推しがいるのかな?』

……推し。

間違ってはいない。

ただ、その推しが私の彼氏だなんて、誰も思わないだろうけど。

「はぁ……」

スマホをベッドに置く。

別に悪いことをしたわけじゃない。

アルゼンチンを応援したっていいし、試合を楽しんだっていい。

でも、及川くんのことまで知られたら。

……いやいや。

付き合っていることを公表するつもりはない。

及川くんは今、オリンピックに集中しなきゃいけない時期だし、私だって彼の邪魔をしたくない。

そう考えていると、スマホが震えた。

及川: おはよー

及川: 昨日の写真、結構広まってるね笑

「……見てるんだ!?」

思わず声が出た。

私が返信する前に、もう一通。

及川: まあ、楽しそうだったからいいけど

及川: 俺のチームの応援、ありがとね

……ずるい。

そんなこと言われたら、また会いたくなるじゃん。

あなた: だって勝ってほしかったんだもん!

あなた: サービスエースかっこよかったよ!

送信してから、少しだけ恥ずかしくなった。

褒めすぎたかな。

でも、本当にかっこよかったんだから仕方ない。

及川: え、そこ見てた?

及川: もっと褒めてもいいんだよ?

「出た……」

いつもの及川くんだ。

試合中はあんなに真剣なのに、LINEだとすぐこれ。

あなた: 調子乗らないで笑

及川: ひどっ!

及川: でも、ありがと

最後の一言は、いつもより少しだけ素直だった。

私はその画面を見て、自然と笑っていた。

会えないのは寂しい。

もっと話したいし、できれば顔だって見たい。

でも、今はこの人が頑張っているところを、ちゃんと応援していたい。

あなた: 次の試合も見るからね!

及川: ん。見てて

及川: かっこいいとこ見せるから

あなた: はいはい笑

スマホを置いて、私はもう一度SNSを開いた。

まだまだ話題は続いている。

……まあ、いっか。

今は、及川くんが勝つところを見たい。

それが一番だった。

⸻

及川徹 side

「及川、昨日の試合、調子よかったな」

練習の合間、チームメイトに声をかけられた。

「でしょ? 及川さん、昨日は特に輝いてたからね!」

「はいはい」

笑いながら返す。

でも、頭の中では別のことを考えていた。

昨日、あなたが来てくれた。

しかも、あんなに楽しそうに応援してくれていた。

写真を見た瞬間は、本当に驚いた。

来るなんて聞いていなかったし、まさかアルゼンチンの応援席にいるとも思わなかった。

……会いたいな。

昨日、同じ会場にいたのに。

試合中は当然、彼女を探す余裕なんてなかった。

試合が終わってからも、チームのミーティングやケアがあって、すぐには連絡できなかった。

今だって、本当はもっと話したい。

でも、今はオリンピックの最中だ。

やるべきことはわかっている。

「及川、次の練習メニュー確認したか?」

「もちろん!」

スマホをしまい、コートに戻る。

彼女が見てくれている。

そう思うだけで、いつもより少しだけ気合いが入った。

⸻

日本・岩泉一 side

「……ん?」

休憩中、スマホを確認していた岩泉は、ある投稿に目を留めた。

『元世界的アイドルのあなた、アルゼンチン応援席にいたらしい!』

添付された写真。

そこには、アルゼンチンの国旗を持って、楽しそうに拍手をするあなたが写っていた。

「……あいつ、何してんだ?」

思わず声が出た。

いや、別にアルゼンチンを応援すること自体は自由だ。

だが、岩泉は少しだけ不思議に思った。

あなたは日本で活動していた頃から、世界中で知られていた人物だ。

オリンピックの会場にいたら、目撃されてもおかしくない。

それにしても、ずいぶん楽しそうだ。

「アルゼンチンに知り合いでもいるのか……?」

画面を拡大してみる。

写真の中のあなたは、試合に夢中になっているようだった。

岩泉は少し考えたあと、スマホをしまった。

今は日本のサポーターとして、やるべきことがある。

アルゼンチンは日本にとって、対戦する可能性のある相手だ。

及川がいるチームでもある。

だからこそ、試合では遠慮するつもりはない。

「……まあ、理由はそのうちわかるだろ」

岩泉はそうつぶやき、仕事に戻った。

まさか、その理由が、長年の付き合いがあるあの男と関係しているとは。

この時点では、まだ知る由もなかった。

⸻

その夜・あなたside

夜、ホテルの部屋で次の試合の日程を確認していた。

次も、アルゼンチンの試合を見に行く予定だ。

及川くんは忙しい。

だから、直接会えるかどうかはわからない。

それでもいい。

コートに立つ彼を見られるだけで、十分嬉しいから。

スマホを開くと、及川くんからメッセージが届いていた。

及川: 明日も練習だから、今日はもう寝るね

及川: おやすみ、あなた

私は少し迷ってから、返信した。

あなた: おやすみ!

あなた: 明日も応援してるよ。無理しすぎないでね

すぐに既読がついた。

及川: ありがと

及川: 終わったら、また連絡する

その短い言葉が嬉しかった。

スマホを胸元に置いて、私は目を閉じる。

明日も、彼はコートに立つ。

私は客席から応援する。

今はそれぞれの場所で、頑張ろう。

そう思っていた。

けれど翌日。

岩泉が見つけた写真をきっかけに、思いもよらない人物から連絡が来ることになる。

そして、あなたがアルゼンチンを応援していた本当の理由に、少しずつ近づいていくのだった。

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