ジャングルを抜けた先、視界が一気に開けた。
そこは、敵の海賊団が本拠地としていた古代遺跡の広場だった。
「――ッ!!」
私は思わず息を呑んだ。
そこには、私が想像していた「英雄の凱旋」なんて微塵もなかったからだ。
「ゼェ……ハァ……ッ!」
広場の中央。
無数の海賊たちが倒れ伏す中心で、コビーが膝をつきかけていた。
自慢の白いコートは泥と煤で汚れ、額からは血が流れて眼鏡のレンズを赤く染めている。
「死ねェ! 海軍の英雄ゥ!!」
「てめェの首を取りゃあ、俺たちも一気に名を上げられるぞ!!」
コビーを取り囲んでいるのは、懸賞金億越えの幹部クラスが三人。
一人は巨大な戦斧を、一人は二丁拳銃を、もう一人は長い鞭を構えている。
連携の取れた波状攻撃だ。
「くっ……!」
コビーが『剃』で斧を避ける。
しかし、着地した瞬間を狙って鞭が足首に絡みつく。
「捕まえたぞ!」
「しまっ――」
コビーが体勢を崩す。そこへ、銃弾の雨が降り注ぐ。
彼は『武装色』で急所をガードするが、衝撃までは殺しきれずに後方へ吹き飛ばされた。
「コビー!!」
私は叫びながら駆け出した。
やっぱりだ。やっぱり歯車が狂ってる。
いつものコビーなら、あんな単純な連携攻撃、簡単にいなせるはずだ。
『見聞色』で予知し、最小限の動きでかわし、カウンターを入れる。それが彼の戦い方だ。
でも、今の彼は焦っている。
背後の守りがない不安。
早く終わらせて、私のいる後方へ戻らなきゃいけないという強迫観念。
それが彼の視野を狭くし、動きを鈍らせているんだ。
(……バカ! あんた一人で全部背負えるわけないじゃん!)
私は唇を噛み締め、戦場へと飛び込んだ。
***
「トドメだァ!」
戦斧を持った巨漢が、倒れたコビーに振りかぶる。
コビーが顔を上げる。間に合わない。
「『パスパス』!!」
シュンッ!
私は、巨漢の足元に転がっていた手榴弾と、自分を入れ替えた。
敵の懐にワープし、そのまま全力で蹴り上げる。
「唐揚げキック!!」
「ぐべっ!!?」
顎を砕かれた巨漢がひっくり返る。
私は着地と同時に、コビーの襟首を掴んで引きずり起こした。
「立てコビー! ぼさっとすんな!」
「あなたさん!? な、なんでここに!?」
コビーが目を丸くして私を見る。
私は睨みつけた。
「トイレ休憩! 文句ある!?」
「命令違反ですよ! 戻ってください!」
「戻らない! あんたが死にそうなのに戻れるか!」
その間にも、残りの敵が襲いかかってくる。
「チッ、増援か! 殺せ!」
鞭使いと銃使いが同時に仕掛けてくる。
私はコビーと背中合わせになった。
「背中は任せて! 前だけ見て!」
「でもっ……!」
「コビー!!」
私が怒鳴ると、コビーはビクリとして、それから悔しそうに歯を食いしばった。
「……後で、説教ですからね!」
「はいはい! 生きて帰れたらね!」
カキンッ!
空気が変わった。
私の背中があることで、コビーの迷いが消えたのだ。
『見聞色』が冴え渡り、敵の動きを完全に読み切る。
「そこです!」
「了解!」
私たちは阿吽の呼吸で敵を捌いていく。
やっぱりこれだ。このリズムだ。
私たちが一番強いのは、二人で一つの時なんだ。
しかし。
敵もまた、海千山千の古強者だった。
「……英雄サマとあのお荷物女、どうやらセットじゃなきゃ動けねェみたいだな」
物陰に潜んでいた、もう一人の敵――狙撃手が、冷酷な笑みを浮かべていたことに、私たちは気づいていなかった。
ヒュンッ。
風を切る音すらしなかった。
コビーが鞭使いを仕留めた、その一瞬の隙。
「――ッ!!」
コビーの『見聞色』が、遅れて反応した。
殺気がない。
ただ機械的に放たれた、対能力者用の「海楼石の弾丸」。
狙いは、コビーの心臓。
(……避けられない!)
コビーの体が硬直する。
回避行動を取るには、体勢が悪すぎる。
スローモーションの世界で、私はそれを見た。
迫り来る死の鉛玉。
絶望に染まるコビーの顔。
思考よりも先に、体が動いていた。
足手まとい? お荷物?
上等だよ。
あんたが私のことをそう思うなら、私が盾になって証明してやる。
あんたの命を守れるのは、私だけなんだってことを。
「『パスパス』……!!」
私は能力を発動した。
対象は、コビーの目の前にある空気中の塵。
シュンッ!!
コビーの目の前に、私の背中が現れた。
「え?」
コビーの声が聞こえた。
次の瞬間。
ズドォォォォォォン!!!!!
焼けるような衝撃が、私の左胸を貫いた。
熱い。痛い。息が止まる。
骨が砕け、肉が弾ける感触が生々しく伝わってくる。
「がはっ……!」
口から大量の血が溢れた。
海楼石の弾丸は、能力者の力を奪う。
膝から力が抜け、私はどうしようもなく崩れ落ちた。
「……あなた……さ……?」
背後で、コビーが息を呑む音がした。
私は彼の方へ倒れ込む。
コビーが慌てて私を支えた。その手が、温かい血で濡れていく。
「あなたさん!!? 嘘だ、なんで……血が……!」
コビーの悲鳴が、鼓膜を揺らす。
私は薄れゆく視界の中で、コビーの顔を見上げた。
泣いてる。また泣いてるよ、この英雄様は。
「……へへ……」
口の端から血を垂らしながら、私は精一杯ニカっと笑ってみせた。
「……言った……でしょ……」
「喋らないで!! 止血! 誰か衛生兵!!」
「……私がいないと……コビー、は……すぐ死ぬん……だから……」
コビーの涙が、私の頬に落ちる。
「……これで……足手まといじゃ……ないでしょ……?」
「そんなこと思ってない!! 最初から一度だって思ったことない!!」
コビーが叫ぶ。
「貴女は僕の……僕の大事な……!!」
その先の言葉は、遠くなる意識の中に溶けて消えた。
暗闇が迫ってくる。
寒い。怖い。
でも、コビーの腕の中は温かいから、まあ悪くないかな。
(……ごめんね、コビー)
(喧嘩したままお別れなんて、最悪だね)
私の手から力が抜け、だらりと地面に落ちた。
その瞬間、コビーの喉から、獣のような慟哭が迸(ほとばし)ったのを最後に、私の世界は闇に包まれた。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。