第40話

#041
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2026/02/02 11:31 更新





ジャングルを抜けた先、視界が一気に開けた。
 そこは、敵の海賊団が本拠地としていた古代遺跡の広場だった。


「――ッ!!」


 私は思わず息を呑んだ。
 そこには、私が想像していた「英雄の凱旋」なんて微塵もなかったからだ。


「ゼェ……ハァ……ッ!」


 広場の中央。
 無数の海賊たちが倒れ伏す中心で、コビーが膝をつきかけていた。
 自慢の白いコートは泥と煤で汚れ、額からは血が流れて眼鏡のレンズを赤く染めている。


「死ねェ! 海軍の英雄ゥ!!」

「てめェの首を取りゃあ、俺たちも一気に名を上げられるぞ!!」


 コビーを取り囲んでいるのは、懸賞金億越えの幹部クラスが三人。
 一人は巨大な戦斧を、一人は二丁拳銃を、もう一人は長い鞭を構えている。
 連携の取れた波状攻撃だ。


「くっ……!」
 コビーが『剃』で斧を避ける。
 しかし、着地した瞬間を狙って鞭が足首に絡みつく。


「捕まえたぞ!」

「しまっ――」


 コビーが体勢を崩す。そこへ、銃弾の雨が降り注ぐ。
 彼は『武装色』で急所をガードするが、衝撃までは殺しきれずに後方へ吹き飛ばされた。


「コビー!!」


 私は叫びながら駆け出した。
 やっぱりだ。やっぱり歯車が狂ってる。
 いつものコビーなら、あんな単純な連携攻撃、簡単にいなせるはずだ。
 『見聞色』で予知し、最小限の動きでかわし、カウンターを入れる。それが彼の戦い方だ。
 でも、今の彼は焦っている。
 背後の守りがない不安。
 早く終わらせて、私のいる後方へ戻らなきゃいけないという強迫観念。
 それが彼の視野を狭くし、動きを鈍らせているんだ。
(……バカ! あんた一人で全部背負えるわけないじゃん!)
 私は唇を噛み締め、戦場へと飛び込んだ。



 ***




「トドメだァ!」


 戦斧を持った巨漢が、倒れたコビーに振りかぶる。
 コビーが顔を上げる。間に合わない。


「『パスパス』!!」


 シュンッ!


 私は、巨漢の足元に転がっていた手榴弾と、自分を入れ替えた。
 敵の懐にワープし、そのまま全力で蹴り上げる。


「唐揚げキック!!」

「ぐべっ!!?」


 顎を砕かれた巨漢がひっくり返る。
 私は着地と同時に、コビーの襟首を掴んで引きずり起こした。


「立てコビー! ぼさっとすんな!」

「あなたさん!? な、なんでここに!?」


 コビーが目を丸くして私を見る。
 私は睨みつけた。


「トイレ休憩! 文句ある!?」

「命令違反ですよ! 戻ってください!」

「戻らない! あんたが死にそうなのに戻れるか!」


 その間にも、残りの敵が襲いかかってくる。


「チッ、増援か! 殺せ!」


 鞭使いと銃使いが同時に仕掛けてくる。
 私はコビーと背中合わせになった。


「背中は任せて! 前だけ見て!」

「でもっ……!」

「コビー!!」


 私が怒鳴ると、コビーはビクリとして、それから悔しそうに歯を食いしばった。


「……後で、説教ですからね!」

「はいはい! 生きて帰れたらね!」


 カキンッ!


 空気が変わった。
 私の背中があることで、コビーの迷いが消えたのだ。
 『見聞色』が冴え渡り、敵の動きを完全に読み切る。


「そこです!」

「了解!」


 私たちは阿吽の呼吸で敵を捌いていく。
 やっぱりこれだ。このリズムだ。
 私たちが一番強いのは、二人で一つの時なんだ。
 しかし。
 敵もまた、海千山千の古強者ふるつわものだった。


「……英雄サマとあのお荷物女、どうやらセットじゃなきゃ動けねェみたいだな」


 物陰に潜んでいた、もう一人の敵――狙撃手が、冷酷な笑みを浮かべていたことに、私たちは気づいていなかった。
 

 ヒュンッ。


 風を切る音すらしなかった。
 コビーが鞭使いを仕留めた、その一瞬の隙。


「――ッ!!」


 コビーの『見聞色』が、遅れて反応した。
 殺気がない。
 ただ機械的に放たれた、対能力者用の「海楼石の弾丸」。
 狙いは、コビーの心臓。
(……避けられない!)
 コビーの体が硬直する。
 回避行動を取るには、体勢が悪すぎる。
 スローモーションの世界で、私はそれを見た。
 迫り来る死の鉛玉。
 絶望に染まるコビーの顔。
 思考よりも先に、体が動いていた。
 足手まとい? お荷物?
 上等だよ。
 あんたが私のことをそう思うなら、私が盾になって証明してやる。
 あんたの命を守れるのは、私だけなんだってことを。


「『パスパス』……!!」


私は能力を発動した。
 対象は、コビーの目の前にある空気中の塵。


 シュンッ!!


 コビーの目の前に、私の背中が現れた。


「え?」


 コビーの声が聞こえた。
 次の瞬間。


 ズドォォォォォォン!!!!!


 焼けるような衝撃が、私の左胸を貫いた。
 熱い。痛い。息が止まる。
 骨が砕け、肉が弾ける感触が生々しく伝わってくる。


「がはっ……!」


 口から大量の血が溢れた。
 海楼石の弾丸は、能力者の力を奪う。
 膝から力が抜け、私はどうしようもなく崩れ落ちた。


「……あなた……さ……?」


 背後で、コビーが息を呑む音がした。
 私は彼の方へ倒れ込む。
 コビーが慌てて私を支えた。その手が、温かい血で濡れていく。


「あなたさん!!? 嘘だ、なんで……血が……!」


 コビーの悲鳴が、鼓膜を揺らす。
 私は薄れゆく視界の中で、コビーの顔を見上げた。
 泣いてる。また泣いてるよ、この英雄様は。


「……へへ……」


 口の端から血を垂らしながら、私は精一杯ニカっと笑ってみせた。


「……言った……でしょ……」

「喋らないで!! 止血! 誰か衛生兵!!」

「……私がいないと……コビー、は……すぐ死ぬん……だから……」


 コビーの涙が、私の頬に落ちる。
 

「……これで……足手まといじゃ……ないでしょ……?」

「そんなこと思ってない!! 最初から一度だって思ったことない!!」

 コビーが叫ぶ。
 

「貴女は僕の……僕の大事な……!!」


 その先の言葉は、遠くなる意識の中に溶けて消えた。
 暗闇が迫ってくる。
 寒い。怖い。
 でも、コビーの腕の中は温かいから、まあ悪くないかな。
(……ごめんね、コビー)
(喧嘩したままお別れなんて、最悪だね)
 私の手から力が抜け、だらりと地面に落ちた。
 その瞬間、コビーの喉から、獣のような慟哭が迸(ほとばし)ったのを最後に、私の世界は闇に包まれた。

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