ピッ、ピッ、ピッ……。
無機質な電子音が、静寂の中に響いている。
鼻をつく消毒液の匂い。
「……ん……」
重い瞼をゆっくりと開けると、そこには見慣れない白い天井があった。
海軍本部の病室だ。
「……気が、つきましたか?」
ベッドの横から、ひどく掠れた声が聞こえた。
首を動かすと、パイプ椅子に座ったコビーが、私の右手を両手で包み込むように握りしめていた。
その顔を見て、私は息を呑んだ。
目は真っ赤に腫れ上がり、頬はこけ、ひどい隈ができている。一体何日寝ていないのか、幽鬼のような有様だ。
「コビー……?」
「……よかった……! 本当に、よかった……!」
私の声を聞いた瞬間、コビーの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
彼は私の手に顔を埋め、子供のように肩を震わせて泣きじゃくった。
「弾が……心臓を数センチ逸れてて……手術が成功して……! 海楼石も取り除けたから、能力も無事です……!」
コビーが嗚咽混じりに説明してくれる。
そっか。助かったんだ、私。
「怖かった……! 血が止まらなくて……体温がどんどん下がって……もう二度と、目が覚めないんじゃないかって……!!」
「……ごめん。心配かけた」
私が弱々しく謝ると、コビーは勢いよく顔を上げた。
「謝るのは僕です!!」
その剣幕に、私は少し驚いた。
コビーは痛切な表情で、私の手を握り直した。
「後方支援に行かせたのは……貴女が邪魔だからじゃないんです。足手まといだなんて、一度だって思ったことはありません」
「……え?」
「怖かったんです。最近、敵が強くなってきて……貴女が傷つく予感がして。僕の『見聞色』が、悪い予知ばかり見せるから……」
コビーの声が震える。
「だから、僕の目の届かない安全な場所にいてほしくて……遠ざけたんです。……それが、まさか一番ひどい形で、僕を守らせることになるなんて」
コビーが唇を噛み締める。
悔しさと、後悔と、愛おしさが入り混じった顔。
「僕が弱かったせいです。貴女を失うのが怖くて、正しく向き合えなかった。……ごめんなさい」
コビーの告白に、私は瞬きを繰り返した。
なんだ。
私、嫌われてたんじゃなかったんだ。呆れられてたんじゃなかったんだ。
ただの、この人の行きすぎた「心配性」と「独占欲」の裏返しだったんだ。
(……バカだなぁ)
胸の奥がじんわりと温かくなる。
傷の痛みなんて、もうどうでもよくなった。
「……バカコビー」
私は酸素マスク越しに、ニカっと笑ってみせた。
「そんなことなら、ちゃんと言ってよ。……私、コビーに見捨てられたかと思って、すごい寂しかったんだから」
「み、見捨てるわけないじゃないですか!! 世界で一番大事なのに!!」
コビーが叫んで、ハッとして自分の口を塞いだ。
病室に沈黙が流れる。
コビーの耳が、今まで見たことないくらい真っ赤に染まっていく。
「……あ、今の、その…、あ、相棒って意味で…!…」
「……そぉやって思ってくれてたんだねっ、」
私はニヤニヤしながら、握られた手を弱々しく、でも確かに握り返した。
「わかった。許してあげる」
「あなたさん……」
「その代わり、退院したら一番高いお肉、お腹いっぱい食べさせて。……あ、ヘルメッポも呼んでね。あいつ、心配してくれてたでしょ?」
「はい……! はいっ! 何でもご馳走します! ヘルメッポさんも、泣きながら輸血協力してくれたんですよ!」
コビーが泣き笑いのような顔をする。
その顔を見たら、生きててよかったと心から思った。
「……ねえコビー」
「はい?」
「もう離さないでね。……私、コビーの背中守るの、結構好きなんだから」
「……はい。もう二度と、離しません」
コビーが私の手におでこを乗せた。
その温かさが、冷えた体に染み渡る。
雨降って地固まる。
私たちの絆は、流した血と涙の分だけ、また強くなった。
……まあ、この一件でコビーの過保護が悪化して、リハビリ中もトイレの前までついて来ようとしたのは、また別の話だけど。
「コビー! トイレくらい一人で行ける!」
「転んだらどうするんですか! ドアの前で待機してます!」
「過保護すぎるわ!!」













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。