第41話

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2026/02/02 11:31 更新





ピッ、ピッ、ピッ……。
 無機質な電子音が、静寂の中に響いている。
 鼻をつく消毒液の匂い。


「……ん……」


 重い瞼をゆっくりと開けると、そこには見慣れない白い天井があった。
 海軍本部の病室だ。


「……気が、つきましたか?」


 ベッドの横から、ひどく掠れた声が聞こえた。
 首を動かすと、パイプ椅子に座ったコビーが、私の右手を両手で包み込むように握りしめていた。
 その顔を見て、私は息を呑んだ。
 目は真っ赤に腫れ上がり、頬はこけ、ひどい隈ができている。一体何日寝ていないのか、幽鬼のような有様だ。


「コビー……?」

「……よかった……! 本当に、よかった……!」


 私の声を聞いた瞬間、コビーの瞳からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
 彼は私の手に顔を埋め、子供のように肩を震わせて泣きじゃくった。


「弾が……心臓を数センチ逸れてて……手術が成功して……! 海楼石も取り除けたから、能力も無事です……!」


 コビーが嗚咽混じりに説明してくれる。
 そっか。助かったんだ、私。


「怖かった……! 血が止まらなくて……体温がどんどん下がって……もう二度と、目が覚めないんじゃないかって……!!」

「……ごめん。心配かけた」


 私が弱々しく謝ると、コビーは勢いよく顔を上げた。


「謝るのは僕です!!」


 その剣幕に、私は少し驚いた。
 コビーは痛切な表情で、私の手を握り直した。


「後方支援に行かせたのは……貴女が邪魔だからじゃないんです。足手まといだなんて、一度だって思ったことはありません」

「……え?」

「怖かったんです。最近、敵が強くなってきて……貴女が傷つく予感がして。僕の『見聞色』が、悪い予知ばかり見せるから……」


 コビーの声が震える。


「だから、僕の目の届かない安全な場所にいてほしくて……遠ざけたんです。……それが、まさか一番ひどい形で、僕を守らせることになるなんて」


 コビーが唇を噛み締める。
 悔しさと、後悔と、愛おしさが入り混じった顔。


「僕が弱かったせいです。貴女を失うのが怖くて、正しく向き合えなかった。……ごめんなさい」


 コビーの告白に、私は瞬きを繰り返した。
 なんだ。
 私、嫌われてたんじゃなかったんだ。呆れられてたんじゃなかったんだ。
 ただの、この人の行きすぎた「心配性」と「独占欲」の裏返しだったんだ。
(……バカだなぁ)
 胸の奥がじんわりと温かくなる。
 傷の痛みなんて、もうどうでもよくなった。


「……バカコビー」


 私は酸素マスク越しに、ニカっと笑ってみせた。


「そんなことなら、ちゃんと言ってよ。……私、コビーに見捨てられたかと思って、すごい寂しかったんだから」

「み、見捨てるわけないじゃないですか!! 世界で一番大事なのに!!」


 コビーが叫んで、ハッとして自分の口を塞いだ。
 病室に沈黙が流れる。
 コビーの耳が、今まで見たことないくらい真っ赤に染まっていく。


「……あ、今の、その…、あ、相棒って意味で…!…」

「……そぉやって思ってくれてたんだねっ、」


 私はニヤニヤしながら、握られた手を弱々しく、でも確かに握り返した。


「わかった。許してあげる」

「あなたさん……」

「その代わり、退院したら一番高いお肉、お腹いっぱい食べさせて。……あ、ヘルメッポも呼んでね。あいつ、心配してくれてたでしょ?」

「はい……! はいっ! 何でもご馳走します! ヘルメッポさんも、泣きながら輸血協力してくれたんですよ!」


 コビーが泣き笑いのような顔をする。
 その顔を見たら、生きててよかったと心から思った。


「……ねえコビー」

「はい?」

「もう離さないでね。……私、コビーの背中守るの、結構好きなんだから」

「……はい。もう二度と、離しません」


 コビーが私の手におでこを乗せた。
 その温かさが、冷えた体に染み渡る。
 雨降って地固まる。
 私たちの絆は、流した血と涙の分だけ、また強くなった。
 ……まあ、この一件でコビーの過保護が悪化して、リハビリ中もトイレの前までついて来ようとしたのは、また別の話だけど。


「コビー! トイレくらい一人で行ける!」

「転んだらどうするんですか! ドアの前で待機してます!」

「過保護すぎるわ!!」

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