あの日、会議室を飛び出して以来、私とコビーの間には分厚く冷たい氷の壁がそびえ立っていた。
「……」
「……」
決戦の地となる孤島への上陸用ボート。
波の音とエンジンの駆動音だけが響く中、私とコビーは互いに視線すら合わせずに座っていた。
いつもなら「今日の敵は強そうですね」とか「終わったら何食べましょうか」なんて軽口を叩き合う時間が、今は息が詰まるほどの静寂に支配されている。
間に挟まれたヘルメッポが、サングラスの奥で目を泳がせながら、胃薬の瓶を振っていた。カシャカシャという乾いた音が、気まずさを加速させる。
「……到着まであと5分です。各員、装備の確認を怠らないでください。」
コビーが事務的な口調で告げる。その声は私に向けられたものではなく、虚空に向けられた業務連絡だ。
私は無言でマチェット(山刀)のベルトを締め直した。
わかってる。仕事だもん。私は私の役割を果たすだけだ。
「上陸開始!!」
ボートが砂浜に乗り上げる。
コビーとヘルメッポ率いる「突入班」が、一斉に飛び出していく。
「行くぞ!! 敵の本拠地を制圧する!!」
「おう!! 遅れんなよメガネ!!」
二人の背中が遠ざかっていく。
いつもなら、私もあの中にいるはずだった。コビーの右腕として、一番近くで剣を振るっているはずだった。
でも今の私は、取り残された砂浜で、後続の部隊に指示を出すことしかできない。
「……あなた中佐、避難ルートの確保はどうしますか?」
「あ、うん。……とりあえず島の西側から裏手に回って。私の能力で岩場を均(なら)すから」
部下の問いかけに答えながら、私は遠ざかるコビーの背中を一度だけ振り返った。
その背中は一度もこちらを向くことなく、ジャングルの闇へと消えていった。
***
戦闘が始まって数時間が経過した。
島の裏手にある避難エリアは、今のところ平穏だった。
時折、遠くから爆発音が聞こえてくるけれど、ここまでは届かない。
「……暇だ」
私は岩の上に座り込み、小石を海に向かって投げていた。
避難誘導は順調だ。私の『パスパスの実』で崖崩れをどかし、足場の悪い道を一瞬でショートカットさせたおかげで、住民たちは安全に船へと乗り込んでいる。
確かに効率的だ。コビーの采配は正しい。
私が前線で暴れるより、ここで能力を使った方が多くの人を救える。
――でも、何かが違う。
胸の奥で燻(くすぶ)るこの焦燥感はなんだろう。
『――こちら突入班! 敵の抵抗が予想以上に激しい! 武装色の使い手が多数いるぞ!』
腰につけた無線機から、ヘルメッポの怒鳴り声が響いた。
『クソッ、数が多いな! コビー、そっちの状況は!?』
『……問題ありません! 制圧を続けます!』
コビーの声だ。冷静さを装っているけれど、少し息が上がっているのがわかる。
私は無線機を握りしめた。
「……ねえ、コビー。そっち大丈夫なの? 援軍送ろうか?」
意地を張っている場合じゃない。心配で、つい通信に割り込んでしまった。
一瞬の沈黙の後、コビーの硬い声が返ってきた。
『必要ありません、あなた中佐。貴女は自分の持ち場を守ってください』
「……っ」
『こっちは僕たちだけで十分です。……以上』
ブツッ、と通信が切られた。
私は無線機を地面に叩きつけたい衝動を、ギリギリで抑え込んだ。
「……ああそう。十分ですか。そうですか」
やっぱり、私は邪魔なんだ。
「英雄」の足手まといになりたくないなら、大人しく荷物運びをしてろってことだ。
目頭が熱くなる。
悔しさと寂しさで、視界が歪む。
その時。
私の「勘」が、背筋を這い上がるような悪寒を捉えた。
(……え?)
ジャングルの奥、コビーたちがいる方角から、異質な気配がした。
殺気ではない。もっとドロドロとした、粘着質な悪意。
そして、微かに聞こえる爆音のリズムが、いつもと違う気がした。
コビーの戦い方は、もっと軽やかでリズミカルなはずだ。
でも、今の音は重い。防戦一方のような、追い詰められたような音。
(……歯車が、噛み合ってない)
コビーの強みは『見聞色』による状況把握と指揮能力だ。
でも、彼自身が前線で近接戦闘を強いられると、視野が狭くなる。
いつもなら、私が横で暴れて敵の陣形を崩し、コビーに考える時間を作っていた。
あるいは、ヘルメッポが斬り込んでいる間に、私が死角をカバーしていた。
3人で一つの生き物のように機能していたチームが、今はバラバラだ。
私がいないことで、コビーにかかる負担が倍増しているんじゃないか?
「……クソッ!」
私は立ち上がった。
部下たちが驚いたように私を見る。
「ちゅ、中佐!? どこへ行くんですか!?」
「トイレ!」
「えっ、あっちの方角は戦場ですよ!?」
「野生のトイレは危険地帯にあるの!!」
私は適当な嘘をついて駆け出した。
命令違反だ。わかってる。
後で始末書どころか、降格処分になるかもしれない。
コビーに軽蔑されるかもしれない。
でも。
あの時、コビーの声の裏側に隠れていた微かな「揺らぎ」が、どうしても無視できなかった。
(……待ってて、コビー)
私はジャングルの木々を蹴って加速した。
足手まといでもいい。邪魔者でもいい。
もしコビーが傷つくくらいなら、私が盾になって笑われてやる。
風を切って走る私の脳裏に、いつかヘルメッポが言っていた言葉が蘇る。
『あいつが弱音を吐ける場所は、俺たちの前だけなんだ』
――ごめんね、コビー。
あんたが私を遠ざけても、私はあんたの傍にいなきゃダメみたいだ。
だって私は、あんたの世話焼きな幼馴染なんだから。
森を抜けた先、戦場の赤黒い煙が見えた。
そこで私が目にしたのは、英雄の凱旋なんかじゃない。
血を流し、膝をつきかけた相棒の姿だった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。