目を覚ましたとき、最初に感じたのは、微かな倦怠感だった。
重い、というほどではない。
けれど、体の奥にじんわりと残るような鈍い感覚。
まるで熱の引きかけのような、あるいは薬の効き始めのような、不安定な軽さと重さが混じった違和感。
ゆっくりと、まぶたを開く。
視界に映るのは、見慣れた木製の天井。
小さなひび割れや、節の模様まで、何度も目にしてきたそれだ。
窓から差し込む朝の光が、部屋の中を柔らかく照らしている。
小さく息を吐き、体を起こす。
軋むような感覚はないが、それでも完全に軽いとは言えない。
やはり、この体は“弱い”。
独り言のように呟きながら、ベッドの端に腰掛ける。声は自然と柔らかく、少しだけ子供っぽさが混じる。それがこの体に合っているのだと、もう理解している。
アウル・ルバシュラ。
それが、今の僕の名前だ。
かつての僕は、三十二歳の会社員だった“あなたの前世の名前(フルネーム)”は、死んだ。
そして気がつけば、この世界に生まれ変わっていた。
いわゆる、転生。
普通なら混乱してもおかしくない状況だけど、不思議と僕は落ち着いていた。
むしろ、“ああ、そうなんだ”と納得していたくらいだ。
だって、この世界は。
ぽつりと零れた言葉は、誰に聞かせるでもない。
ここは、かつて僕が夢中になっていた物語の中の世界。魔物がいて、魔王がいて、そして
思考がそこに触れた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられる。
ぐっと口元を引き締め、何事もなかったかのようになんとも言えない子どもの笑顔を浮かべて立ち上がる。
表情は平静。完璧だ。たぶん。
小さく呟き、服を手に取る。
黒を基調とした軽い衣服に袖を通し、手袋をはめる。
その下に隠された刻印には、もう慣れた。見せるつもりも、見せる理由もない。
机の上に置かれていた小瓶を手に取り、中の薬を口に含む。
少し苦い。
顔をしかめつつも、水で流し込む。これを飲まないと、体調が安定しない。面倒だけど、仕方ない。
準備を終え、部屋の扉を開けると、外の空気がふわりと流れ込んできた。
転生してすぐに僕は親に捨てられてこの孤児院で暮らしている。
孤児院の廊下は、すでに賑やかだった。
ぱたぱたと駆け寄ってくる小さな影。
金髪の少年…カイルが、満面の笑みでこちらを見上げてくる。
言葉を続けようとするカイルの後ろから落ち着いた声が割り込む。
腕を組んで立っていたのは、少し年上の少女ミーナだ。
呆れたようにため息をつきながらも、その目は優しい。
小さく笑って返すとカイルは嬉しそうに笑い、ミーナは少しだけ目を細めた。
曖昧に返しながら、軽く周囲を見渡す。
他の子供たちも、それぞれに朝の準備をしている。
平和だ。
ぼんやりと思う。
関わりすぎず、でも孤立せず。ちょうどいい距離感。これくらいが一番楽だ。
手を振ってその場を離れる。
外に出ると朝の空気がひんやりとして気持ちよかった。
軽く息を吸い込み、そのまま歩き出す。
特に目的はない。ただ、ぼんやりと歩く。
手には、小さな絵紙を持っていた。
孤児院の子が作ってくれたものだ。少し歪な線だけど、温かみがある。
そう呟いた瞬間、びゅうっと風が吹いた。
ふわり、と。
軽いそれは、簡単に手から離れてしまう。
in森
小さくため息をつきながら、その後を追う。飾りは地面を転がり、そのまま森の中へと入り込んでいった。
少しだけ、足を踏み入れる。
静かだ。
外とは違う、ひんやりとした空気。木々の影が、地面に濃く落ちている。
視線を落とせば、すぐに目的のものは見つかった。
しゃがみ込み、それを拾い上げる。
その瞬間、気配が、変わった。
がざがさっ!と音がした。
低く濁った魔力の気配が周囲を取り囲むように現れる。
顔を上げると、そこには数体の魔物がいた。
唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰めてくる。
思わず、息が漏れる。
そして…くすり、と笑った。
どちらのことを言ったのか、自分でも分からない。
立ち上がると同時に、指先に意識を集中させる。
魔力が流れ、形を成し剣が現れる。
黒く、淡く歪んだそれが、空間を裂くように現れる。
次の瞬間には、それを掴んでいた。
足を踏み込むと距離が、一瞬で消える。
小さな声と同時に、最初の一体の首が落ちた。
血が舞う。
けれど、その軌跡すら追えない速度で、次の一体へ。
斬る。
避ける。
踏み込む。
すべてが滑らかで、無駄がない。
まるで、最初から“そういう動き”ができるように作られているかのように。
ザシュッ…
…最後の一体が崩れ落ちると、同時に剣は霧のように消えた。
静寂が戻る。
さっきまでの気配は、もうどこにもない。
軽く息を吐く。
そう言いながらも、表情は変わらない。
周囲を一瞥し、問題がないことを確認する。
何事もなかったかのように、踵を返す。
森を抜け、日常へ戻る。
その背に、先ほどの出来事の痕跡は一切残っていない。
ただ一つ。その一部始終を、“誰か”に見られていたことを除いては。
アウルはまだ、その事実を知らない。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。