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第1話

憧れのその先は
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2026/02/07 08:45 更新
初めて宝塚を観た日のことを、
私は今でもはっきりと覚えている。
舞台の中央に立っていた娘役が、
世界の空気を一瞬で変えた。
夢白あや。
指先ひとつ、視線ひとつで、役も物語も
自分の色に染めてしまう人。
その姿に心を撃ち抜かれて、私は宝塚を目指した。
(なまえ)
あなた
私も、
夢白あやさんみたいな娘役になりたい。
その想いだけを胸に、がむしゃらに頑張ってきた。
少しでも近づきたくて、少しでも同じ景色をみたくて。
人より多く稽古して、人より早く上に行かなきゃいけない
気がしていた。
ある日の稽古終わり。
誰もいなくなった稽古場で振りを確認していると、
静かな声がかかる。
夢白あや
夢白あや
……頑張りすぎ。
振り向くと、そこにいたのはあやさんだった。
夢白あや
夢白あや
少しずつでいいんだよ。
無理して上に上がろうとしないで。
今の自分をちゃんと見つめなさい。
優しいのに、芯のある声。
夢白あや
夢白あや
誰かに憧れるのはいいことだけど、
自分らしくね。
その言葉に、胸の奥を見透かされた気がして、
思わず本音が溢れた。
(なまえ)
あなた
あやさんはすごいですね。
自分でも驚くほどまっすぐな声だった。
(なまえ)
あなた
自分を持っていらっしゃるって感じで…
どんな役もあやさんの色に染めてしまう。
私、あやさんのようになりたいんです。
少し沈黙が落ちる。
あやさんは困ったように、でもどこか愛おしそうに笑った。
夢白あや
夢白あや
あなたの下の名前は、あなたの下の名前のままでいい。
その一言が、柔らかく胸に落ちる。
夢白あや
夢白あや
ちゃんと見てる人は見てるよ。
私もそのひとり。
目が合った瞬間、心臓が大きく跳ねた。
夢白あや
夢白あや
ありのまま、あなたの下の名前のままで
上に上がっていって。
その日から、世界が少しだけ違って見えた。
焦りが消えたわけじゃない。
憧れがなくなったわけでもない。
でも、
誰かになるためじゃなく、
自分として舞台に立つために歩いていけばいい。
そう思えた。
舞台袖で見るあやさんの背中は、相変わらず眩しい。
それでも今は、ただ追いかけるだけじゃなくて、
いつか並び立つ未来を、静かに夢見ている。

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