第3話

飽和
43
2026/03/10 11:13 更新
 ぼんやりとした灯りの下、

 良き友人であった彼の人が好んでいた

 蒸留酒をちびちびと飲んでいた。


 蒸留酒は度数が高いから、

 一気飲みなんてしようものなら、

 潰れてしまう。


 そう云えば、彼は辛いのが好きだった気がする。


 洋食屋で、よく激辛の咖喱を頼んでいた。


 その時私は、

 「よくそんなのが食べられるね。

 味が判らなくなりそうなものだけれど。」

 なんて言ったっけ。
あなた
すまない
 小さく呟いた、その後に続けようとした言葉は、

 アルコールに飽和して音にならなかった。


 ただ、小さな息が漏れただけだった。
 

 昔、元上司が言っていた。

「手に入れたものは

 その瞬間から失うことが確定されている」と。


 其の通りだ。


 良き友だった彼はこの世を去り、

 元上司は4年前に姿を消し、

 共に彼らに振り回された彼は組織を去った。


 ………………全て、一瞬だった。

 まるで各々がそうする様に打ち合わせていたように、

 止まっていた歯車に急に潤滑油をさしたように、

 一瞬ですべてが起こった。


 厳密に言えば少しずつ違うのだろう。


 彼が組織を去り、

 敵対組織の長との戦闘の末に彼がこの世を去った。


 その代償に

 我が組織は合法に異能者を抱えられるようになった。


 そして、その後に元上司も消えた。


 あまりにも酷かったように思う。


 良き友であった筈なのだ。


 少し位、話をしてくれたって良いじゃないか。


 でも、私にはそんな事を思う資格はない。


 何故なら、彼を殺したのは私だからだ。


 それだけじゃない。


 何十人も、何百人も、何千人も、殺した。


 組織の記録に書かれている量の5倍は殺しただろう。
あなた
すまない
あなた
(あの時、
私は貴方の優しさのお陰で生き延びた)
あなた
(でも、あの時死ぬべきだったのは私だ)
あなた
(少しーーあと、もう少ししたら、
この命で償えるだけ罪を償うから。)
あなた
(それまで待っていてくれ)
あなた
(どうか、
その優しさで君の望む儘に私を裁いてくれ)
 頼んだ蒸留酒を飲み干し、静かにカウンターに座らせる。


 カラリと氷とグラスのぶつかる音がして、

 灯りが眩くそれを照らす。



 綺麗だ。



 まるで宝石のようで、私には似合わない。










 ああ、痛いな。






あなた
……マスター、ギムレット
 コトリと音を立てて差し出されたグラスを持ち、

 遠く、まばゆい思い出と共に飲み干した。


 空虚な胸の内も、

 吐き続けた謝罪の言葉も、

 己の罪も、

 分不相応な涙も、

 全て脳に回ったアルコールに溶かされてしまった。











 唯、酷い痛みだけが響いていた。








 痛むのは、舌か、喉か、頭か、目の奥か。それともーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー…………。






















































 彼女は最強で孤独な暗殺者。

 静かな影となる哀れな怪物。

 影を見つけられたものは、未だいない。

 誰も、影を見つけられないのだ。

 足元にあるのに。

































 これは、孤独な怪物が人間になるまでのモノガタリ。

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