僕に声をかける人なんていないと思っていたからちょっとびっくりしました。
高校生くらいのお姉さんでした。
外部の人かな、なんて思って、素直に読んでいた本のタイトルを告げます。
「『水彩画で見る街中の植物』……ですけど」
どうせ、この名前を聞いたら8割の人間は興味をなくしてしまうでしょう。
若い人ならなおさら。
「すっごい!ちょっと見せて!」
お姉さんは食いついてきました。
「スミレ!あの角の隅によく咲くよね。タンポポはあっちの日当たりがいい所に多くって。へぇー挿し絵も綺麗だなぁ」
「この本、挿し絵が綺麗で気に入ってるんです」
僕が呟くと、反応が返ってきたことが嬉しかったのか、お姉さんは満面の笑みでうんうんと頷きました。
「良ければ、同じ人が挿し絵を担当した別の本も明日持ってきましょうか?植物ので良ければありますけど」
言って、しまったと思いました。
調子に乗ってはいけない。またひかれる、と。
「いいの?明日もここに来ても?」
予想外の反応でした。
お姉さんはその本が心底楽しみなようです。
「もしかして、絵の勉強をされている方ですか?」
挿し絵に惹かれた様子を見て、なんとなく思ったことでした。
「ううん。植物が好きなだけ。あなたは?絵の勉強をしてる人?」
「いいえ。僕も植物が好きなだけです」
オウム返しの質問。同じような答え。
僕とお姉さんの間でなにかがほぐれた気がして、それから二人で笑い合いました。
「私、桜木薫!よろしく!」
「僕、草薙優樹です。よろしく」
僕らは握手を交わしました。
これが僕と薫さんの出会いでした。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!