第5話

#5
304
2018/03/05 14:25 更新
夏休みが明けてからは、受験勉強に力が入り、昼休みにゆっくりと本を読むことはしなくなりました。
必然的に薫さんとも会わなくなりましたが、偶然にも席替えで窓際になったため、桜の木の様子は伺えます。
もし薫さんが来ていれば、すぐに行こうと思っていました。


しかし、薫さんは二学期の半ばに入っても、冬休みになっても、新年を迎えても、1度も現れませんでした。
桜の木も、それまで賑やかだった昼がしんとして寂しそうでした。



受験まであと1ヶ月をきろうとしていた2月の頭。
クラスは受験に向かうと同時に卒業式の話題でも賑わっていましたがその中で不穏な噂が飛び交っていました。

校庭の桜が虫食いの被害を受けてもう持たないかもしれない。
今年の卒業式に咲くかどうかも微妙な所らしい。
というものでした。

そんな。
気になって、放課後、あれから何ヶ月も来ていなかった桜の木の様子を見に行きました。

いつも椅子替わりに使っていた根の反対側。
いつも僕が見ない方の側面に顔の大きさほどの虫食いと思われる穴がありました。
触ると脆くなった樹皮がボロボロと崩れてきたため反射的に手を引っ込めました。
この様子だと内部もだいぶ食われてしまっているでしょう。

卒業式の日に桜の下で写真を撮りたいというような思いは僕にはありませんでしたが、薫さんと過ごした思い出のこの木が無くなるのはどうしてもやるせなくて涙が溢れそうでした。


「久々に会ったと思ったら、何泣いてんの?」

いつの間にか、いたずらっぽい笑顔を浮かべた薫さんがいました。

「桜が、なくなっちゃうかもしれないって。もう花も咲かないかもって」

「……うん。聞いたよ。倒れると危ないから卒業式が終わったらすぐ切っちゃうんだって」

薫さんも誰かから聞いてたんでしょう。僕の知らなかった情報まで出てきました。

「切っちゃうって……」

「卒業式も花が咲くか分からないけれど、そこまでは残しとくんだってさ。ほら、合格することをサクラサクって言うじゃない?ゲン担ぎだと思うんだけど」

そこまで言って薫さんは僕の顔を見てオドオドし始めました。
「な、泣かないで!優樹くん!大丈夫!桜は咲くよ!」

僕は知らない間に涙を流していたようでした。
薫さんの言う「桜は咲く」がこの桜のことなのか僕の受験のことなのかは分かりませんが、彼女なりに励ましが僕にはとても温かく感じました。

なので、僕の涙を拭うために頬に触れた手と間近で見た顔が前よりも痩せているように見えたのも、涙で視界が歪んでいたのと合わせて気のせいだと思っていたのでした。

プリ小説オーディオドラマ