夕陽がぼんやりと差し込む西塔にある、埃っぽい物置き部屋の窓際に、彼は静かに腰を下ろしていた。
薄暗く陰気くさいこの小さな物置き部屋には、似合わないほど優しい表情をした彼に思わず見惚れてしまう。
彼の手のなかには羽を傷つけた小鳥が、大人しく抱かれている。つい3日前までは息絶えてしまうほど震えていた小鳥も、穏やかに目を閉じて安心しきったように身体を預けて眠っていた。
『良かったね、元気になって
付きっきりでお世話したもんね』
「うん。…でもこの子が強いおかげだ
凄い生命力だよ、偉いぞナラ。」
そう言って、彼が自分で名付けた愛称でその小鳥に呼びかけながら、愛おしそうにゆっくりと撫でた。
その優しい手つきには不格好な赤い引っ掻き傷は、痛々しくも彼らしくて、思わず私は口元を緩めた。
無意識に、そんな痛々しい彼の手に触れる。
『助けたときこの子すごく怒ってたからさ
あの時は絶対こんな懐かないと思ったよ』
血が滲むほど口ばしで噛まれても、子供をあやすように優しい言葉をかけながら、木枝に引っかかった小鳥を救おうと一生懸命手を伸ばしていた彼。
「大丈夫、この子は優しいはずだから」 と、どこから湧いてくるのか分からない自信に満ち溢れていた。
そんな根拠のない自信に呆れながらも、何故か私まで泥だらけになりながら彼を手助けをしていた。
あの日は近年稀に見る大雨だった。
おかげで私は少し風邪を引いたっぽい。
「言っただろ?この子は優しい子だって。
…ナラ、寒くないかい?
今日は少し冷えるね」
そう小鳥に話しかけながら、彼は肩を身震いさせながら可愛らしいクシャミをした。
うん、彼もしっかり風邪を引いたみたいだね。
優しく小鳥を撫でる彼の手つきは、ヒビの入ったガラスを扱うように丁寧で、かつ美しく繊細だ。
その手のひらに包み込まれる小さな命のように、私も温かく包んでくれないだろうか。
そんな欲が溢れ出した。
『ねぇ、にゅーと。』
「ん?」
『付き合って』
まるで息を吐くように告白をした。
彼は小鳥を撫でる手をぴたっと止めて、「よく休んでね、ナラ。」 と優しく囁きながら、使わなくなったマフラーで作ったお手製の小さなベッドに、小鳥をそっと寝かした。
「ねぇ、あなた。
ふざけてそんなこと言っちゃいけ___」
『ふざけてないよ、分かってるくせに』
頭を掻きながら落ち着きのない彼の言葉を掻き消すように、私は言った。
確かに私って蛇寮だし、成績も悪いし。
遊び呆けてるし。
おまけに、関係ないかもだけど学校の風紀を乱している張本人かと思うほど、スカートの丈も短い。
ネクタイもつけてる意味がないほど緩い。
そんな私に告白されるなんて戸惑うだろうから、「ふざけちゃだめだよ」 と私の想いを軽く流されるのは初めのうちは我慢できたが、さすがにもう何十回と言っているんだ。
そろそろ真摯に受け取って欲しいところではある。
『好きなのよ、にゅーと。』
栗色の癖毛に手を伸ばした。
柔らかな癖毛は、まるで彼そのものだ。
軽く波打つその髪が、無造作に整えられている。少し乱れた髪がどこか不器用で、それでいてとても自然に彼の魅力を引き立てている。
触れば指が迷い込むような、心地よい柔らかさがあって、まるで彼の優しさそのものを感じているようだった。
『私も貴方の優しさに包まれたいんだけど。
見てるだけなのはもう飽きたの。』
ほんのりピンク色に染まった彼の頬に、指をそわせた。
『触れてよ、私にも
______その指で』
そう言うと、ようやく彼の優しげなヘーゼルアイと、私の青い瞳が混じり合った。
微かな蝋燭の灯りのおかげで、今日は一段と彼の瞳は薄いベージュ色に見えた。
私の青い瞳に、彼のヘーゼルアイとなると…
例えればまるで "海" のようで笑っちゃうなぁ。
冷たい海水で身体を心底冷やしたとしても、陸に上がればすぐに温かな砂浜に包まれることで冷たさなんて消えていく。
私が彼を好きな理由はいくらでもあるけど、惹かれた部分を言葉で表現しろと言われたら、私はこう説明するかな。
「……僕は君という危険な生き物だけは
どうもうまく取り扱えそうにないんだ」
『あら、私が怖いの?』
視線を逸らす彼に、顔を覗き込むように首を傾げた。
『私の取り扱い説明書でも渡したほうがい?』
「べ、別にいらないよ」
『うん、分かってるよ。
私ってそんな難解じゃないもんね』
彼の頬が更に赤く染まり、目も合わせることなく、口ごもつかせて 「僕もう部屋に戻るつもりなんだ…」と、慌てて立ちあがろうとする姿は、まるで "自分は照れています" と自ら言っているようなもんだ。
でもそんな姿がまた可愛らしくて、私は更に優越感に深く浸る。
『取り扱い方が分かんないのは
私じゃなくて、自分の心でしょう』
そう言って、彼の黄色のストライプのネクタイを指に絡ませた。
指に時々触れる彼の肌からは、力強く脈を打つ心臓の鼓動を感じた。身体は正直だ。
早鐘を打つ心臓が答えだと思うよ、ニュート。
魔法動物にしか目がなかったのに、突然自分とは程遠い世界に住むような女の子を好きになるなんて、戸惑う気持ちも分かるよ。
でも私も、絶対に好きにならないような男の子を好きになったんだから、もう一周まわって相性良いんじゃないかと思ってる。
「君は変だよ
こんな傷をつけてまで僕と一緒にいるなんて」
私の白い肌には彼と同じように赤く滲んだ傷が、脚や手にいくつかある。若いし、きっとすぐ綺麗に治るだろうけど、私はこの傷ですら愛おしくて。
小学生のように膝小僧についたこの赤いアザも、何故か愛おしかった。
彼が人生を賭けてこよなく愛するものを、
私も同じ土俵に立って見たかったという健気な想い。
『私を逃したら、
貴方が望むものを全て持っている人とは
もう出会えないよ』
「ど、どこから来るの?その自信は…」
『貴方の瞳がはっきりそう言ってるから。』
生き物を愛しく見つめる瞳と同じように、彼は私を愛おしそうに見つめる。もう何度も感じてきた。
彼の視線がふとした瞬間に重なったとき、私のことを好きだと彼の瞳がそうはっきりと言っている。
優しい眼差しの中に隠れた気持ちがあることを、私は知っていた。
『ニュートン・スキャマンダー。
あとは、私に触れるだけだよ。
勇気を出して、お願い。』
指に絡ませていた彼のネクタイを、力強く引き寄せた。
ぐんと縮まる距離に、彼はごくりと息を呑んだ。
"いつも後先考えず心の赴くままに突き進んでるように、頭でごちゃごちゃ考える前に一回私に触れてみてよ"
と耳元で囁いた。
すっかり日が落ちた暗い物置き部屋。
頼りない一つの蝋燭の灯りが、部屋の隅々をぼんやりと照らし出し、柔らかな光が空間を満たしていた。
その灯りの中で二つの揺らめく影は、
静かに重なり、
やがて一つになった。
「君はやっぱり危険だよ。」
そんな独り言を言いながら、手の甲で自分の薄く濡れた唇をまるで少年のように拭った。
そして、頬を紅潮させながらぽかーんと呆気に取られている彼女の頭を、酷く優しい手つきで撫でる。
『……危険なのは、どっちよ…』
そんな熱い溜め息混じりの彼女の声が、
小さな物置き部屋に零れ落ちた。
Love, the Dangerous Beast end.












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。