第3話

第1章ー1 始まりの日
31
2025/09/18 11:29 更新
月見坂は基本的には静かで、穏やかな雰囲気のある街だ。品の良い裕福な女性の集まり。ゆったりと上品な所作でお茶を楽しむ人たちや、幻術によりお祓いをする霊媒師。しかし今この瞬間、そんな光景が広がる街の雰囲気を壊すように足音が響いていた。

「ああっ!ほんとに何処なの!朧月茶屋!初日から遅刻なんて最悪だよぉ!!」

苛立たしげにそんな言葉を発しながら石畳の街を今にも脱げそうな下駄でカツカツと大きな足音ともに駆け抜ける。その一人の少女。ピンクルビーの様な美しい瞳とさらさらの美しい銀髪を持った、可愛らしい顔立ちをしたその少女は、その仕草のせいで第一印象は最悪だった。
美しい顔のパーツを持っているにも関わらず、銀髪の髪はボサボサで、美しい瞳は睨みつけるような表情の少女の下瞼によって隠され、狂犬の目のようになっている。紅色の花のかんざしは結ってある意味を失って、今にも落ちそうなほどに少女の毛先に絡まってある。着物の帯も緩まっていて、何度か転んだのだろうか?全体的に擦り傷や泥汚れが付いていた。
見ていられない、と思った、串焼き屋台の店主の男がその少女に声をかけた。

「お嬢さん、一旦落ち着こうか」
「落ち着いてなんて居られますか?!私のっ、わたしの…っ人生を決める大事なお仕事が始まる日なんです!それなのに…初日から遅刻しそうなんですよ!」
「お、お嬢さん周りを見ろ、」
「はへ?」

少女はその言葉にはっと我に返り、暫く辺りを呆然と見回していた。
数分後、段々と少女の顔が真っ赤に染まっていく。そしてその場にへたり込み。

「す、す、すみませんでしたぁー!…痛っ!」

石畳におでこを擦り付けて、土下座。彼女の額に傷が一つ増えた。
「大丈夫かい?ほら絆創膏だ」
「あ、ありがとうございます…そしてすみません、本当にこの街の皆さんになんて言ったら…」

正気に戻ればわりかし普通の人間だった。とでも言うように周りの人たちの痛々しい視線が段々と少女から離れていく。しかしそのつかの間。

「あの子、朧月茶屋って言ってたよね」
「えーあんな子が菊様のところで?」
「馬鹿じゃない?聞き間違いよ!」

そんなひそひそ話が聞こえてくるようになった。少女は、少し項垂れる。

「お嬢さん、ここらに来るのは初めてなのかい?」
「はい、私、暦村出身で、朧月茶屋っていうところで見習いをすることになったので上京してきたんです」

すると、また周りの人たちの視線がさらに彼女を馬鹿にする者へと変わる。

「暦村って!田舎者じゃないのー」
「だからあんなだらしのない身なりをしているのねー」
「都会の月見坂で迷うのも当然だわー、くくっ」

穏やかな街といっても所詮は外聞きだけ。月見坂には、こんなふうに腹黒い女の集団がいる。特に生まれてこの方田舎なんぞ見たことのない、と言うような、都会育ちのセレブ達はそのような者が多い。

「お嬢さん、あんな言い方をする奴らにあまり構うな。でも菊さんのとこに行くんじゃ、もう少し身なりを整えてお行き」
「はい?」
「着物の帯をきちんと締めて、髪の毛はきちんと結い上げる。ほら手ぬぐいを貸してやるから顔の泥を落としていきなさい」
「あの、地元ではそんなの気にするなって、むしろこういう方がたくましくて素敵って言われてたんですけど」
「都会ではそういうわけには行かないよ、お嬢さんと言っても、そこそこ成人も近そうじゃないか。きちんと常識を学びなさい」

ー都会ってめんどくさ!

「ほら、ボーっとしてないで、早くするんだ。遅刻しそうなんだろう?月見坂の地図を持ってくるからきちんと綺麗にしておくんだ、いいな?」
「はい…」

彼女は渋々手渡された手ぬぐいで顔の泥を拭いて、着物の帯を締め直す。母に渡された簪を付け直しているうちに、串焼き屋台の店主が戻って来る。

「ん、綺麗にしたら、そこそこ馴染めそうな容姿をしているじゃないか、これ地図だよ」
「あ、ありがとうございます」
「良いんだよ。しっかり菊さんとこで常識を学ぶんだ、菊さん、優しいけど怖いって結構有名だぜ」
「えー…そうなんですか?」
「行く前から暗そうな顔をするな、ほらそろそろ行かないと、…そう言えば、お嬢さん、名前は?俺は、風牙(ふうが)だ」
「紬…です」
「紬か、良い名前だ。頑張れよ、紬」
「っはい、ありがとうございました!風牙さん!」

そういって、少女…紬は回れ右をして、風牙に手渡された地図に視線を落とし。またお転婆に石畳の街を駆けていった。

月見坂の南東に向かって。

        
                 To be continued...

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