第16話

末っ子どんな子恐ろしい子
422
2025/12/21 04:00 更新




 調子が悪そう、と察すれば、その先を予見する。


 フィジカル面なのかメンタル面での問題か。どの程度の緊急性を要するのか。

 一過性の、自己完結出来る事由ならまだしも、本人だけではどうにもならないことならば、なおさらこちらが気づいてあげなければ。
 けれどそれは同時に、本人が触れられたくないことである場合も少なくはない。


 個人競技ではない分、選手間同士の関係性がもろに試合に影響が出るため、個々人の不調を放置して、他選手との不和に繋がるような事態は絶対に避けなければならない。


 だからいつも思う。チームスポーツとはなんて難しいものなのだろう、と。




 そして俺はそういう時に、相手が気づかれたくないようなことや些細な変化にも敏感に反応してしまう。察しがいいのは学生の頃から。

 例えば選手の調子が上がっており、のっている状態であってももちろん分かりはするが、それ以上にネガティブな面での察知能力の方が高いのは、俺自身がそういう人間だからかもしれない。


 そう、察しはいいはずなのだ。


 なのに…この子はどうにも、読み難い。







甲斐
甲斐
次、お願いします


 声を上げる甲斐くんの言葉に、飛ばしていた意識を戻す。

(なまえ)
あなた
いくよー








“あなたさんって、トス出来る人ですよね”


 全メニューが終了した体育館でモップをかけていた時、帰る支度をしていない様子の甲斐くんが、静かに俺に歩み寄り、尋ねた。


 ただ単純に上げられる、というだけの意味でのトスなのか。
 それともーーーー。




 何の前置きもなく言われたものだから、意表を突かれ、断る理由も浮かばず、結局彼の居残り練習に付き合う形となったわけだが。

(なまえ)
あなた
ねぇ、甲斐くん
甲斐
甲斐
はい
(なまえ)
あなた
なんで俺に頼んだの?


 あの台詞が引っ掛かり、頭から消えない俺は、次にボールを上げる手を止め、そう問いかける。

甲斐
甲斐
ごめんなさい。迷惑でしたよね


 何本目かのスパイクを打ち終えた甲斐くんは服で汗を拭いながら、しゅんとした顔をして俺に近づく。

(なまえ)
あなた
いいんだけど、全然迷惑とかではないんだけどね。関さんとかセッターの人にお願いしたほうが…ほら、俺じゃあ下手過ぎてきちんと練習になるかすらわからないし
甲斐
甲斐
でもあなたさん、経験者でしょう?
(なまえ)
あなた
どうしてそう思う、の…?


 その瞬間、芯から身体が冷えるような感覚がした。



甲斐
甲斐
以前に早朝、練習始まる前の体育館に行ったら、ボールに空気入れたりして準備しているあなたさん見かけて。何度かボール上げて感触確認したりしてましたよね。その時のトスしてる姿がやってた人っぽかったので
(なまえ)
あなた
あー…そっかそっか…
甲斐
甲斐
フォームも綺麗でした
(なまえ)
あなた
う、うん、ありがとう?…ちなみに他に同じようなこと言ってた人とか、いる?
甲斐
甲斐
いえ、誰かとこの話したことがないので。ただ、見たらわかりはするんじゃないですか?言ってもみんな代表に選ばれるくらいの人たちですから
(なまえ)
あなた
…だねぇ
甲斐
甲斐
他の人がそれを見て気づくか、あなたさんの口から言うかしない限り、僕は何も言いません


 安心してください。そう言うかのように、俺の頭を撫でる甲斐くん。


 俺今どんな顔しているんだろう。

 そんなに酷い顔なのかな。隠すのも上手なはずなのにな。

(なまえ)
あなた
...おっかない子だよ。まったく


 やはりこの子は末恐ろしい。

 最年少なのに。末っ子なのに。



(なまえ)
あなた
聞かないの?
甲斐
甲斐
何をですか?
(なまえ)
あなた
黙っている理由
甲斐
甲斐
言いたくなさそうですし。それを尋ねてあなたさんが笑えなくなるなら、知らないままでいいです


 懐の深さといい、精神年齢の高さといい、本当に底が知れない子だ。

(なまえ)
あなた
君、年齢サバ読んでるだろ
甲斐
甲斐
正真正銘実年齢です


 くすくすと笑う甲斐くんを、目を細め、疑うように凝視するが、腹の中は見えそうにない。



甲斐
甲斐
なので、別のことを聞いてもいいですか


 俺よりもずっと高い位置から首を傾げ、こちらを見つめる甲斐くん。

甲斐
甲斐
どうして僕だけ”甲斐くん”なんですか?
(なまえ)
あなた
嫌だった?
甲斐
甲斐
みんな下の名前なのに、僕だけ名字のままなのが気になって
(なまえ)
あなた
自分で言ってたから
甲斐
甲斐
そうでしたっけ
(なまえ)
あなた
公の場で挨拶する時とかに、”みなさんこんにちは、甲斐くんです”って言ってなかった?
甲斐
甲斐
あれを真に受けないでくださいよ
(なまえ)
あなた
藍とかからは、こう呼んでほしいって言われはしたけど、甲斐くんからは特になかったので、結果”甲斐くん”となりました
甲斐
甲斐
変更って今からでも出来ます?
(なまえ)
あなた
変えるの?あら残念。結構気に入ってたのにな
甲斐
甲斐
”甲斐くん”をですか
(なまえ)
あなた
響きとか、語感とか。他の人たちとは違う、なんというか...しっくりくる感じ?
甲斐
甲斐
ならいいです
(なまえ)
あなた
いいんだ
甲斐
甲斐
いいです。あなたさんが気に入ってくれてるのなら


 そう言うと顔色も変えず、一人納得したように頷きながら元の位置に戻り、手を挙げてボールを要求する。

 しかしすぐに、そうだ、と呟き、甲斐くんはこう続けた。

甲斐
甲斐
あと、あなたさんがよかったからです
(なまえ)
あなた
何の話?
甲斐
甲斐
頼んだ理由。ちゃんと答えてなかったじゃないですか、僕
(なまえ)
あなた
あえて俺を選んでくれたってこと?だとしたら嬉しい


 自己主張をあまりしない選手だから、余計にそう感じた。
 自ら関わりを持とうとしてくれたことが、素直に嬉しかった。


 けれど彼の最後の一言で、甲斐くんはやはり甲斐くんなのだと痛感した。



甲斐
甲斐
いつもみんなにとられてしまうので


 悔しいじゃないですか。


 あっけらかんとした表情でそう言葉を終えると、甲斐くんは改めて手を挙げ、ボールを求めた。

(なまえ)
あなた


 要求されるがままに、俺の指は反射的にボールを弾いたものの。

 動揺と共に宙を舞う球体は、意図せぬところへと浮かび。


 上がったトスは乱れ、ボールはあらぬ方向に飛んでいってしまったが、それでも甲斐くんは見事に合わせてみせた。

(なまえ)
あなた
なんで今ので決めれちゃうのこの子


 本当にうちの末っ子は、恐ろしい。



プリ小説オーディオドラマ