緑谷くんが轟くんと電話しているのを聞き流しながら、私は息を整える。
逃げ切れた……みんなのおかげで。
相変わらずの勝己くんのキレ具合にまた涙が零れた。それを見た切島くんが止めに入ろうとする。
勝己くんは切島くんを押し退けると、乱暴な手つきで私の目に溜まった涙を拭った。
勝己くんの指に移った涙を、彼はぺろりと口に含む。私はそれを目を丸くして見つめていた。
そう言って勝己くんは笑った。顔に熱が集まるのがわかる。驚きのあまり、涙も引っ込んでしまったみたいだ。
いつもの光景に、口角がへにゃっと上がる。
そう言いながら勝己くんの手を取ろうとしたとき、群衆のざわめきが耳に届いた。
つられてビルの壁に取り付けられたモニターに目をやる。
そこではオールマイトがオール・フォー・ワンと戦っている、はずだったのに。
ガイコツのような顔をした、別人──ヒーロースーツと特徴的な金髪の髪型は間違いなくオールマイトのものだ──がモニターに映っていた。
『えっと…何が、え…?皆さん見えますでしょうか?オールマイトが…しぼんでしまってます……』
アナウンサーの狼狽した頼りない声が、拡声されてその場に響き渡る。
その日、絶対的な"平和の象徴"は終わりを告げる。
***
家に帰って来た私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃのお母さんとお父さんに出迎えられて、味のしないカレーを食べて、早々に自分の部屋に閉じこもった。
ふと、そんなことを考える。
束の間の楽しかった時間を思い出して、私は溜息をついた。
クッションに顔を押しつけても、脳裏をよぎるのはボロボロになったオールマイトの姿で。
緑谷くん達に改めてお礼を言わないとな、とスマホを開いたところで、意識は途切れた。
勝己くんが夢に出て来たような、気がする。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!