第49話

怪人二十面相-怪盗の巣くつ 1-
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2020/05/28 09:04
 賊の手下の美しい婦人と、乞食と、赤井寅三と、気をうしなった明智小五郎とを乗せた自動車は、さびしい町さびしい町とえらびながら、走りに走って、やがて、代々木よよぎ明治神宮めいじじんぐうを通りすぎ、暗い雑木林の中にポツンと建っている、一軒の住宅の門前にとまりました。

 それは七間か八間ぐらいの中流住宅で、門の柱には北川十郎きたがわじゅうろうという表札がかかっています。もう家中が寝てしまったのか、窓から明りもささず、さもつつましやかな家庭らしく見えるのです。

 運転手(むろんこれも賊の部下なのです)がまっ先に車をおりて、門の呼びりんをおしますと、ほどもなくカタンという音がして、門のとびらにつくってある小さなのぞき窓があき、そこに二つの大きな目玉があらわれました。門燈のあかりで、それが、ものすごく光って見えます。
部下
ああ、きみか、どうだ、しゅびよくいったか。
 目玉のぬしが、ささやくような小声でたずねました。
運転手
ウン、うまくいった。早くあけてくれ。
運転手が答えますと、はじめて門のとびらがギイーとひらきました。

 見ると、門の内がわには、黒い洋服を着た賊の部下が、ゆだんなく身がまえをして、立ちはだかっているのです。

 乞食と赤井寅三とが、グッタリとなった明智探偵のからだをかかえ、美しい婦人がそれを助けるようにして、門内に消えると、とびらはまたもとのようにピッタリとしめられました。

 ひとりのこった運転手は、からになった自動車にとびのりました。そして、車は、矢のように走りだし、たちまち見えなくなってしまいました。どこか別のところに賊の車庫があるのでしょう。

 門内では、明智をかかえた三人の部下が、玄関のこうし戸の前に立ちますと、いきなり軒の電燈が、パッと点火されました。目もくらむような明るい電燈です。

 この家へはじめての赤井寅三は、あまりの明るさに、ギョッとしましたが、彼をびっくりさせたのは、そればかりではありませんでした。

 電燈がついたかと思うと、こんどは、どこからともなく、大きな人の声が聞こえてきました。だれもいないのに、声だけがお化けみたいに、空中からひびいてきたのです。
???
ひとり人数がふえたようだな。そいつはいったい、だれだ。
 どうも人間の声とは思われないような、へんてこなひびきです。
 新米しんまいの赤井はうすきみ悪そうに、キョロキョロあたりを見まわしています。
 すると、乞食に化けた部下が、ツカツカと玄関の柱のそばへ近づいて、その柱のある部分に口をつけるようにして、
乞食
新しい味方です。明智に深いうらみを持っている男です。じゅうぶん信用していいのです。
と、ひとりごとをしゃべりました。まるで電話でもかけているようです。
???
そうか、それなら、はいってもよろしい。
 またへんな声がひびくと、まるで自動装置のように、こうし戸が音もなくひらきました。
乞食
ハハハ……、おどろいたかい。今のは奥にいる首領と話をしたんだよ。人目につかないように、この柱のかげに拡声器かくせいきとマイクロホンがとりつけてあるんだ。首領は用心ぶかい人だからね。
 乞食に化けた部下が教えてくれました。
赤井寅三
だけど、おれがここにいるってことが、どうして知れたんだろう。
 赤井は、まだふしんがはれません。
乞食
ウン、それも今にわかるよ。
 相手はとりあわないで、明智をかかえて、グングン家の中へはいって行きます。しぜん赤井もあとにしたがわぬわけにはいきません。

 玄関の間には、またひとりのくっきょうな男が、かたをいからして立ちはだかっていましたが、一同を見ると、にこにこしてうなずいてみせました。

 ふすまをひらいて、廊下へ出て、いちばん奥まった部屋へたどりつきましたが、みょうなことに、そこはガランとした十畳の空部屋で、首領の姿はどこにも見えません。

 乞食が何か、あごをしゃくってさしずをしますと、美しい女の部下が、ツカツカと床の間に近より、床柱の裏に手をかけて、何かしました。

 すると、どうでしょう。ガタンと、おもおもしい音がしたかと思うと、座敷のまんなかの畳が一枚、スーッと下へ落ちていって、あとに長方形のまっくらな穴があいたではありませんか。
乞食
さあ、ここのはしご段をおりるんだ。
 いわれて、穴の中をのぞきますと、いかにもりっぱな木の階段がついています。
 ああ、なんという用心ぶかさでしょう。表門の関所、玄関の関所、その二つを通りこしても、この畳のがんどう、、、、返しを知らぬ者には、首領がどこにいるのやら、まったく見当もつかないわけです。
乞食
なにをぼんやりしているんだ。早くおりるんだよ。
 明智のからだを三人がかりでかかえながら、一同が階段をおりきると、頭の上で、ギーッと音がして畳の穴はもとのとおりふたをされてしまいました。じつにゆきとどいた機械じかけではありませんか。

 地下室におりても、まだそこが首領の部屋ではありません。うす暗い電燈の光をたよりに、コンクリートの廊下を少し行くと、がんじょうな鉄の扉が行く手をさえぎっているのです。

 乞食に化けた男が、その扉を、妙なちょうしでトントントン、トントンとたたきました。すると、重い鉄の扉が内部から開かれて、パッと目をる電燈の光、まばゆいばかりに飾りつけられたりっぱな洋室、その正面の大きな安楽イスにこしかけて、にこにこ笑っている三十歳ほどの洋服紳士が、二十面相その人でありました。これが、素顔すがおかどうかはわかりませんけれど、頭の毛をきれいにちぢれさせた、ひげのない好男子です。

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