第7話

何かが見えなくなった、ある大人の話
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2025/09/03 14:43 更新
あれ、私は何故歩いているんだろう。

心ここにあらずの状態から、一気に現実に引き戻される。

道端を走って行く子供達。談笑をする大人達。
こんなにも人里は賑やかなのに、家からこんなところまで、ぼーっとしながら歩いてきたようだ。

しかし、腕の中にある小説の原稿の束。

今日書き終えた自信作を、誰かに見せたかったような。

約束をした気がしてならないのだ。

……しかし、誰に見せたかったのだろうか。それがどうしても思い出せない。

この小説は、その人のために書いた気がする。

……でも、思い出せないのなら、単なる気のせいだろう。

そうに違いない。

あったとしても、大したことではないのかもしれない。

この違和感を、そう落とし込むことにした私は、足を止めて、来た道を引き返した。

あ、そういえば、出版にあたって本の印刷をしないと。

鈴奈庵に、もし本が出来たら印刷をしてほしいと頼んであったんだった。

あそこの本屋さん、昔から行ってるけど、時々奇妙な感じがするんだよね。


足元の小石を無意識に蹴り上げる。

そうして小石は飛んでった。

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