新の母親から、とある提案をされていた横原と大河。
新と奏が渡英した後、留守になるマンションの部屋を二人が使わないか、との話だった。
春から通う大学にもマンションからの方が電車一本で便利な上、横原の実家から通うより時間も短い。
家賃も格安にしてくれるそうなので有難い話だった。
一方、大河は卒業までは寮生活を続けたいと言う。
真面目な大河らしい判断だ。
つかさず新の母親は
「あらぁ、どうしましょうか、大河くんに断られると、新くんの運転手夫婦の仕事が無くなるのよね‥」
「…………」
「マンションのすぐ下に住んでくれてて、あの子達の送迎だけでなく、奥さまには二人の家政婦をして頂いてるから」
大河の性格を知っているので、わざと話を盛っているが、大河本人知る由もない。
「…..わかりました。ご厚意に感謝しますが、とりあえず両親に相談します」
「ありがとう!大河くんと横原くんのご両親には私から許可を頂くから」
二人は顔を見合わせ苦笑いをする。
手のひらで転がされてるのが分かるからだ。
「でね、あの子達の部屋を少し触ろうと思って。いったん荷物を出して欲しいの。次の休みにでもお願いね」
春から楽しみにしててね、と楽しそうに笑う新の母親だった。
「それで荷物整理なんだ」
「新は聞いてなかった?」
「うん。でも大河くんがこの部屋使ってくれるのは嬉しい」
そう言って大河の腕に絡ませていた自分の腕を解いた。
結局、空が夕焼けで染まるまでベッドで過ごした。
なにも出来てない大河に「手伝うよ」そう言ってシャワーをしに寝室を出て行った。
そのあとに大河がシャワーを済ませ、この部屋に来た本来の目的を果たし始めた。
服はハンガーごとボックスに、置かせて貰ってた私物はその下に片付けた。
用意してくれた参考書も別のボックスに入れて蓋をする。
二人ですると案外早く終わらせる事ができた。
「このクローゼットもこんなに広かったんだね」
「だね、自分の部屋なのに気にしてなかった」
新の服や靴もおおかた送りおわり、使わないものは実家に運んでいて必要最低限のものしか置かれていない。
感傷的になってない新は、人懐っこい笑顔を大河に向けた。
「頑張って早く大学を卒業して帰ってくるね!ここで一緒に住める楽しみがあるから頑張れるもん」
「うん。ここから大学通って勉強しながら待ってるから」
そう言って触れるだけの軽いキスをし笑った。
夕食は奏達と四人で食べる約束をしており、19時には帰ってくると連絡があった。
いつも奏が取りに行ってくれてる1つ下の階に住む、世話人の部屋へ新と大河二人で立ち寄った。
「鈴木さまとは次は春になりますね。あ、送迎はありますけど」
「そうですね。今後もよろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶をする大河に世話人は「そんなに、かしこまらないで、いつでもご用命下さい」と柔らかく笑う。
新の周りには穏やかな人が多い、と感じた大河だった。
あとは温め直すだけになった夕食がテーブルに並べられる。
奏と横原の帰宅を待つ二人はゲームを始めた。
「コツ掴むと新は強くなるね。そのうち負けるかも」
「このくらいじゃ大河くんには勝てないもん」
少し拗ねたように話す新に小さく笑い返した。
「あ、そうだ。ちゃんと受診した?念の為の薬も貰った?」
コントローラーを操作しながら新に尋ねた。
「うん。大丈夫。向こうでも先生の同期がいてて同じアパートだから安心して、て言ってくれたし、先生も様子見に来てくれるんだって!」
「そう、なら安心だね」
「お守りもあるし大丈夫だよ」
そう言って右手を大河に差し出した。
右手の薬指には大河が送った指輪がはめられていて静かに存在をアピールしていた。
大河は右手を取ると指輪にそっと口付けたあと、新を見る。
「ちゃんとつけてくれて、ありがとう」
瞬時に新の顔が真っ赤に染まり、口をパクパクさせている新を見て声を出して笑った。
「金魚みたい」
「ひどっ!」
ちょうどインターフォンが鳴った。
「あ。帰ってきたんじゃない?よこと奏」
そう言って立ち上がる大河の腕を引っ張った。
「また襲うからねっ!」
「それは困る。明日も外出しない気なの?」
笑いが止まらないのか、まだ笑っている大河だった。
夕食が終わり食器の片付けを大河がやっていた。
奏がやろうとすると大河が買って出てくれたからだ。
「俺もやる!」とやる気をだした新は、といえば。
大河が予備洗いをした皿を食洗機に入れるだけの間に1枚欠けさせ1枚割ったのだった。
「怪我をするから、もういいよ」とキッチンから追い出された新。
横原は声を殺して笑い、奏も苦笑いをしている。
「あらちー、向き不向きがあるから気にしないでいいよ」
拗ねた新はクッションを掴むと奏の隣に勢いよく座る。と、奏の足元に置いてあった荷物が倒れた。
「ごめん。蹴ったみたい」
そう言って新が紙袋を最初にあった位置に戻そうとした時、あるものが転がり出てきた。
「何?これ、へんな形」
手に取り不思議そうに見る新に慌てたのが横原と奏だった。と同時にコーヒーを淹れようとカップを用意していた大河が、持っていたトレーを足元に音をたてて落とした。
「あっ!あらたっ!いい子だから、それ俺にくれっ!」
奏と同じく世間知らずで、無垢な新に見せるものではなかった。
そんな新と優等生の大河に見られてしまった。
二人がホテルで使用した例の“玩具”だ。
耳まで真っ赤にした奏が横原に詰め寄った。
「よこ!なんで持って帰ってるの?!」
「おまえが使ったモノを置いて帰れるか!捨てたら誰が触るか分からないだろっ!」
大河がつかさず突っ込んだ。
「それ、使ったの?」
「もおっやだっ!」
「ね、みなちー、何に使うものなの?」
「あらちーのせいで、がちゃんが恥ずかしがる気持ち、わかるかも……」
奏は両手で顔を隠す大河のマネをしたが、本気で恥ずかしがっているのが分かる。
大河は無表情でトレーを拾い上げ
“新に要らない事をまた教えた”と言わんばかりに横原を睨みつけた。
握ってみたり指でなぞってみたりと、触りまくる“モノ”を横原は勢いよく取り上げた。
「使い方知らんくせにそんな触り方すんなっ!」
横原に怒られたが、全く意味のわからない新は呆然とするだけだった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!