すっかり桜の葉も無くなってしまった校門前。地面には茶色に染まった枯れ葉達が、力無く風に踊らされている。
どうやら部活にやって来るはずの生徒達も、冬休みだからなのか誰もいないらしく校舎に誰も入れないよう柵で閉ざされていた。
そんな柵に背中を預け立ち尽くす一人の男性。すぐに大貴先輩だと分かった。
何やら浮かない表情の先輩は、ゆっくりとこちらへ歩み寄ると「寒いのに呼び出してごめん」と真っ赤に染まった私の頬をひんやりとした手で挟んだ。
先輩曰く、どうやら呼び出す少し前からずっとここにいたらしい。そりゃあかじかんでしまう訳だ。
私はとっさにカバンの中に閉まってある薄いサクラ色の手袋を取り出し、「どうぞ」と差し出した。
が、先輩はすぐに終わるからと言い張り受け取ろうとはしなかった。
何やら目をキョロキョロさせながら急に言葉を詰まらせる大貴先輩の様子に、ただ事ではないと察知した私は思わず笑顔を消してしまう。
アメリカ、留学……。
すぐに頭が追いつくはずが無く、しばらく彼の口にした言葉が理解できなかった。
大貴先輩は目を細め微笑むだけで、何も語ろうとはしなかった。理由も聞けずにしかも突然別れを告げられるなんて、思ってもいなかった。
嫌だ。嫌だよ……。
そんな事急に言われても受け入れられない。
ㅤ儚く微笑んだ彼は、私の頭を優しく撫でながら「手出して」と震えた声で囁いた。
ㅤ頭上から響いてきた彼の優しい声。
辛いけど、悲しいけど……意味が分からないけど、今は喚いている場合じゃなかった。
恐る恐る震える両手を差し出し、涙で頬を濡らしながら「何ですか……?」と問いた。
私の両手の平に乗せられたそれは、彼の名前が刻まれた一つの名札だった。
ㅤ四隅を縫い止めるためだろうか、小さな穴が空いており、彼の名前の上には彼が通っていたのであろう学校名が記されている。
再び小さく微笑んだ大貴先輩は、そう言って手の平に置かれた名札を握らせた。
これで、最後なのだろうか。
彼が触れた手の平からほんのりと暖かい温もりが伝わってくる。
今、確かに彼はここにいるんだ。
私の傍で、まるで圭人と同じような優しさを与えてくれているんだ。
ㅤ伝えたい事は山ほどあった。
ㅤこれまで私に散々良くしてくれた事や、日本にはまた帰ってくるのかとか。それこそ「好きです」という告白だってしたかった。
ㅤ……でも、今私がするべき事はそれじゃない。
私のそんな意志とは関係ないかのようにどんどんと溢れ出る涙を、精一杯堪えながらそう声を震わせた。
離れたくない。行って欲しくもない。
そんな私の身体を、目の前の彼は強く優しく抱きしめてくれた。
ㅤ
何の事か分からず、思わず聞き返した。が、なぜか慌てるかのようにハッと我に返った先輩は「何でもない!」と私の身体を引き離した。
そう言って彼は私に背を向け、歩き出した。夕陽の光に隠されていく彼の背中。ああ、先輩の背中ってあんなに広かったんだっけ。
いつの間にか好きになっていた。
いつの間にか戻れなくなっていた。
いつの間にか……彼との夢を望んでいた。
私の願いなど一つも叶えられずに、終わっていくんだ。
彼に見せてもらった………“夢”が。
ㅤ
ㅤ
ㅤ
私の「またね」を聞こうともせず、先輩は夕陽の光の中へと消えていった。
また、言えなかった。
裕翔の時と同じように私は逃げてしまうんだ。
怖くて、恥ずかしくて……。
もしもお互い同じ気持ちじゃなかったら………。
結局また、私は自身の臆病さに勝てずに終わってしまうんだ。
私に向けてくれていた“彼の想い”にさえ応えられぬまま………。
ふと、名札の裏に何か落書きがされているのに気付いた私は、何気なく確認してみた。
マジックペンで書かれたような、真新しそうなその一言に、私はハッとした。
そこには、ガタガタ震えるような汚らしい字で「好きだよ」と書かれていた―――。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。