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第5話

2日目の朝
16
2026/02/21 09:00 更新
ジリリリリ、と目覚まし時計が鳴り響く。
宮下 鈴
 ん……っ 
シーツから顔を出し、私は真っ先に自分の視界を確認した。
天井、カーテンの隙間から漏れる朝の光、脱ぎ散らかした昨日の靴下。
……赤いのは、いない。
宮下 鈴
 ……よかった。やっぱり気のせいだったんだ 
大きく伸びをして、私はベッドから飛び出した。
昨日の自分は、きっとテスト返しのストレスか何かで少しだけおかしくなっていたんだろう。
顔を洗い、鏡の前で髪を整える。目の下に少しクマがあるけれど、瞳の色は昨日と変わらない茶色だ。

私はクローゼットから、洗濯したての薄い水色のシャツを取り出した。
柔軟剤の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
赤いリボンをきゅっと結び、チェックスカートのプリーツを整える。
 鈴ー、朝ごはん食べちゃいなさい! 遅れるわよ! 
宮下 鈴
 わかってるってば! 
お母さんの小言に答えながら、トーストを口に放り込む。
テレビのニュース、パンの焼ける音、セミの声。
昨日と全く変わらない、夏休みの足音が聞こえる朝。
宮下 鈴
 行ってきまーす!! 
昨日と同じように元気よくドアを開けた。
……けれど、一歩外に出た瞬間、アスファルトの上で「それ」が私を待っていた。

一匹、二匹……。
いや、昨日の比じゃない。
家の前の電柱の周りを、十数個の「赤い物体」が、まるで意思を持つドローンのように規則正しく旋回している。
宮下 鈴
 ……嘘でしょ 
私は一瞬、足が止まりそうになった。
でも、すぐにバッグのストラップをぎゅっと握りしめて、前を向く。
宮下 鈴
 (無視。今日も、無視。……学校に行けば、りりあがいるんだから) 
私は赤い物体の群れを無理やり突っ切るようにして、駅までの坂道を駆け出した。
背中に当たる朝の日差しが、昨日よりもずっと、ヒリヒリと熱く感じられた。
宮下 鈴
 (無視、無視。見えてない、私は何も見てない……!) 
電柱に群がる赤い物体を気合で突き放し、私は駅の階段を駆け上がった。
ホームにはいつものように、スマホを眺めながら電車を待つりりあの姿がある。あそこまで行けば大丈夫。りりあと合流すれば、このおかしな世界から抜け出せる。
宮下 鈴
 りりあーっ、おはよう! 
酒井 りりあ
 あ、鈴。おはよう、今日も……って、鈴? 顔色すごいよ? 
りりあが驚いたように私を見た。無理もない、全力疾走したせいで息が切れているし、何より今の私の目には、昨日よりずっと濃い「赤」が映っているのだから。
宮下 鈴
 はぁ、はぁ……ちょっと、走っちゃって…… 
膝に手をついて呼吸を整える。
その時、私のすぐ目の前に、ふわりと裾の長い白い布が降りてきた。
???
 や、どーも。君、俺のこと見えるよね? 
低くて、どこか楽しそうな声。
顔を上げると、そこには駅の喧騒から切り離されたような、奇妙な少年が立っていた。

着ているのは、現代の服じゃない。汚れ一つない真っ白な着物。
そして、私を覗き込む彼の瞳は、吸い込まれるような金色をしていた。
宮下 鈴
 ……ッ!! 
声が出ない。
だって、彼の足元はホームの床に触れていない。わずかに浮いているのだ。
それだけじゃない。朝の強い日差しが、彼の体を透過して後ろの看板を透かし見せている。
宮下 鈴
 イヤー!! 透けてる!! 浮いてる!! てか誰よ、あんた!! 
私は思わず絶叫して、りりあの腕を掴んで飛び退いた。
酒井 りりあ
 え、えっ!? 鈴、何!? 誰がいるの? 
宮下 鈴
 そこに! 白い着物の、目が金色の変なやつが浮いてるの!! 
私は彼を指差した。けれど、りりあは私が指す何もない空間を見て、青ざめた顔で私の肩を揺さぶる。
酒井 りりあ
 鈴しっかりして! 誰もいないよ、そこには! 
その間も、白い着物の少年は
???
 へえ、やっぱり見えるんだ 
と面白そうに首を傾げ、さらに一歩、空中で踏み出して私に近づいてきた。


『次は――、急行、渋谷行きが参ります』
酒井 りりあ
 いいから、もう来て! 早く!! 
アナウンスが響き、滑り込んできた電車のドアが開く。
私はパニックのまま、震えるりりあの腕を引いて、逃げるように冷房の効いた車内へと彼女を引きずり込んだ。

電車のドアが閉まり、ホームにいた「白いヤツ」が視界から消えた。
私は車両の隅にりりあを押し込むようにして陣取ると、ブツブツと呪文のように呟き始めた。
宮下 鈴
 よし、私は何も見ていない。そおだ。私は何も……。 
宮下 鈴
 いない。あんな不審者はこの世に存在しない。あれはただのホログラムか、夏の陽炎。 
宮下 鈴
 物理法則がちょっと乱れただけ…… 
酒井 りりあ
 鈴……大丈夫? 
隣から、怯えるようなりりあの声が降ってくる。
無理もない。親友がいきなり何もない空間に向かって絶叫したかと思えば、今は虚空を見つめてブツブツ言っているのだ。
宮下 鈴
 これはテストで疲れすぎてみた幻覚……。そう、脳が糖分不足でバグを起こしただけ。 
宮下 鈴
 だから大丈夫……私は正常。私は普通の女子高生…… 
酒井 りりあ
 そ、……う? 確かに、今回の数学は脳にくる内容だったけど…… 
りりあは、私のあまりの気迫に圧倒されて、それ以上は何も言えなくなっているようだった。
宮下 鈴
 そうだよ、そうに決まってる。今日は放課後に甘いものを食べる。 
宮下 鈴
 そうすれば全部治る。……よし、終わった。この話はもう終わり! 
私は無理やり完結させて、正面の窓を睨みつけた。
そこには、水色のシャツを着て、顔を真っ青にした自分の姿が映っている。
……そして。

私の背後。
座席の背もたれの上に、ちょこんと腰を下ろして、窓に映る私とバッチリ目を合わせている「白装束」の姿も、しっかり映っていた。

金色の瞳が、窓越しに悪戯っぽく細められる。
宮下 鈴
 (……見えてない。映ってない。あれは、窓の汚れだ……!!) 
私は目を血走らせながら、再びガタガタと震え始めた。
神さまは幽霊くん 第1章 5話 「2日目の朝」 終わり

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