りりあが壁の時計を見て、慌ててバッグを肩にかけた。
外はいつの間にか、燃えるようなオレンジ色に染まっている。あれだけうるさかったセミの声も、どこか寂しげなヒグラシの声に変わっていた。
私は最後の氷をガリッと噛み砕き、トレイを持って立ち上がる。
机の端で、一日中私を悩ませていた「赤い物体」が、夕日の光に溶け込むようにして、今までで一番鮮やかに発光していた。
……もう、見ない。見ないって決めたんだから。
お店を出ると、昼間の熱気がまだアスファルトに残っていて、むっとした空気が肌にまとわりつく。
駅の改札前。
りりあが大きく手を振って、人混みの中に消えていく。
薄い水色のシャツを着た彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、私はずっと手を振り続けた。
一人になった瞬間、肺に溜まっていた空気を全部吐き出した。
ずっと笑顔を張り付かせていた頬の筋肉が、少しだけピクピクする。
一日は、なんとか終わった。
視界の端をちらちらと動いていたあの「赤い物体」も、今は夕方の強い光に紛れてしまったのか、よく見えない。
そう思いたい。いや、そう思うことにした。
テストの疲れか、夏の暑さか。とにかく、明日になればきっと全部元通りになっているはずだ。
私はバッグのストラップをぎゅっと握り直し、夕食の匂いが漂い始めた家路へと歩き出した。
アスファルトがじんわりと温かく、サンダルの底を通して伝わってくる。
独り言をこぼしながら、いつもの角を曲がる。
家に帰ってお風呂に入って、冷たい麦茶でも飲めば、今日の不思議な出来事なんて全部忘れちゃうに違いない。
赤いリボンが、夕風に少しだけ揺れた。
住宅街に差し掛かると、あちこちの家から夕飯の支度をするいい匂いがしてきた。
カレーの匂い、焼き魚の匂い。どこかの家でテレビのニュースが流れる音や、子供を呼ぶ声。
そんな「当たり前」の音に包まれていると、学校で見えていたあの赤い物体が、まるで悪い夢だったかのように思えてくる。
家のドアを開け、玄関の明かりを点ける。
パッと広がるいつもの景色。揃えて脱いであるお父さんの靴。廊下に置かれたままの買い出しの袋。
キッチンから聞こえるお母さんの声に、私はいつものトーンで答えた。
バッグを置いて、制服の赤いリボンを緩める。鏡に映る自分は、どこからどう見ても、ただの少し疲れた高校一年生だ。水色のシャツも、夕方の汗を吸って少し重くなっているけれど、それさえも「生きてる」証拠みたいで安心した。
脱衣所で制服を脱ぎ、シャワーの温度を上げる。
熱いお湯が肩に当たると、一日中張り詰めていた緊張が、ようやく溶けて流れていくのがわかった。
湯気の中で目を閉じても、もう赤い光は見えない。
私は自分にそう言い聞かせ、たっぷりの泡で顔を洗った。
明日の朝には、きっと全部忘れている。
そう信じて、私は夏の夜の静寂へと潜り込んだ。
神さまは幽霊くん 第1章 4話 「1日の終わり」 終わり












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。