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第1話

始まり
10
2026/02/16 09:00 更新
それは本当に突然だった。

昨日までの私は、どこにでもいる、ただの“普通の人間”だった。
満員電車に揺られ、退屈な授業を受け、友達と雑談をしたり…。
明日もまた同じような一日が来るのだと疑いもしなかった。
けれど、その日は違った。

その日私は“覚醒”したらしい__
玄関を飛び出すと、真っ青な空から夏の光が突き刺さる。
今年から着ることになった、この学校の制服。
薄い水色がかかったシャツは、汗をかいてもサラッとしていてお気に入りだ。胸元の赤いリボンと、同じ赤のチェックスカートが、夏の日差しに跳ねるように揺れる。
宮下 鈴
 りりあーっ、おはよう! 
酒井 りりあ
 鈴、おはよう。……あー、今日も暑くなりそう 
駅のホームで合流したりりあが、水色のシャツの襟元をパタパタと仰いでいる。
私たちは冷房の効いた電車に乗り込み、いつものようにドアの横に陣取った。
宮下 鈴
 ねえ、夏休みの予定、そろそろ立てない? 
酒井 りりあ
 いいよ。あ、その前に期末テストの結果…… 
宮下 鈴
 やめて! 今は楽しいことだけ考えようよ! 
そんな、どこにでもある、ただの“普通の高校一年生”の雑談。
けれど、その日は違った。

……視界の端に、違和感が走った。
宮下 鈴
 ……っ? 
吊り革を掴んでいた手に力が入り、思わず目を細める。
窓から差し込む眩しい夏の日差しのなかに、ぷかぷかと浮いている「何か」が見えた。
それは、一センチにも満たないくらいの、小さくて、鮮やかな赤い物体。

ホコリにしては色が濃すぎるし、虫にしては羽も足も見当たらない。
まるで、真っ赤なインクを一滴、空中に落としたような不自然な存在感。
宮下 鈴
 何……これ? 
思わず声が漏れた。
赤い物体は、まるで意思を持っているかのように、私の目の前でゆらゆらと不規則な円を描いている。
酒井 りりあ
 え?何が? 
隣でスマホを弄っていたりりあが、不思議そうに顔を上げた。
宮下 鈴
 これだよ、この赤くてちっちゃいやつ!! 目の前で動いてるでしょ? 
私は空を指差した。
その間も、赤い物体はりりあの鼻先をかすめ、私の周りをまとわりつくように飛び回っている。
けれど、りりあは私が指し示した空間を怪訝そうに見つめるだけだった。
酒井 りりあ
 ……そんなのないけど。あ、分かった。鈴ったら期末テストで疲れてるんじゃないの? 
宮下 鈴
 え…? 
りりあがクスクスと笑いながら、私の額に手を当てる。
その手のすぐ横を、赤い物体がすり抜けていった。

りりあの瞳には、私の焦る顔だけが映っている。
__見えていない。
こんなに鮮やかで、毒々しいほど赤い「これ」が、親友には全く見えていないのだ。

背筋に、冷房の冷たさとは違う、ゾッとするような寒気が走った。
酒井 りりあ
 あんまり無茶しないでよ、体調崩したら大変だから 
りりあは本気で心配しているようで、私の顔を覗き込みながら、制服の水色の襟元をパタパタと仰いだ。
見えていない。やっぱり、この「赤いもの」はりりあには届かない場所にあるんだ。
宮下 鈴
 う……ん、そうだね 
曖昧に頷くのが精一杯だった。
目の前を浮遊する赤い物体は、ときどきピタリと静止しては、また思い出したように不規則な動きを繰り返す。
酒井 りりあ
 あ、そういえば数学の二次関数のとこだけどさ、最大値と最小値を求める問題あったじゃん? 
酒井 りりあ
 あれ、平方完成の計算を最後にミスっちゃって。 
酒井 りりあ
 もう最悪、一点足りなくて赤点だったかも。鈴はどうだった? 
りりあがテストの振り返りについて一生懸命話しているけれど、その声は膜を一枚隔てた向こう側から聞こえてくるみたいに、くぐもって響く。

……あんまり耳に入らなかった。
宮下 鈴
 (どうしよう。私、本当におかしくなっちゃったのかな) 
冷房が効いているはずの車内で、じわりと冷たい汗が背中を伝う。
目の前の「赤」だけが、現実味を持って鮮やかに動いていた。
神さまは幽霊くん 第1章 1話 「始まり」 終わり

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