それは本当に突然だった。
昨日までの私は、どこにでもいる、ただの“普通の人間”だった。
満員電車に揺られ、退屈な授業を受け、友達と雑談をしたり…。
明日もまた同じような一日が来るのだと疑いもしなかった。
けれど、その日は違った。
その日私は“覚醒”したらしい__
玄関を飛び出すと、真っ青な空から夏の光が突き刺さる。
今年から着ることになった、この学校の制服。
薄い水色がかかったシャツは、汗をかいてもサラッとしていてお気に入りだ。胸元の赤いリボンと、同じ赤のチェックスカートが、夏の日差しに跳ねるように揺れる。
駅のホームで合流したりりあが、水色のシャツの襟元をパタパタと仰いでいる。
私たちは冷房の効いた電車に乗り込み、いつものようにドアの横に陣取った。
そんな、どこにでもある、ただの“普通の高校一年生”の雑談。
けれど、その日は違った。
……視界の端に、違和感が走った。
吊り革を掴んでいた手に力が入り、思わず目を細める。
窓から差し込む眩しい夏の日差しのなかに、ぷかぷかと浮いている「何か」が見えた。
それは、一センチにも満たないくらいの、小さくて、鮮やかな赤い物体。
ホコリにしては色が濃すぎるし、虫にしては羽も足も見当たらない。
まるで、真っ赤なインクを一滴、空中に落としたような不自然な存在感。
思わず声が漏れた。
赤い物体は、まるで意思を持っているかのように、私の目の前でゆらゆらと不規則な円を描いている。
隣でスマホを弄っていたりりあが、不思議そうに顔を上げた。
私は空を指差した。
その間も、赤い物体はりりあの鼻先をかすめ、私の周りをまとわりつくように飛び回っている。
けれど、りりあは私が指し示した空間を怪訝そうに見つめるだけだった。
りりあがクスクスと笑いながら、私の額に手を当てる。
その手のすぐ横を、赤い物体がすり抜けていった。
りりあの瞳には、私の焦る顔だけが映っている。
__見えていない。
こんなに鮮やかで、毒々しいほど赤い「これ」が、親友には全く見えていないのだ。
背筋に、冷房の冷たさとは違う、ゾッとするような寒気が走った。
りりあは本気で心配しているようで、私の顔を覗き込みながら、制服の水色の襟元をパタパタと仰いだ。
見えていない。やっぱり、この「赤いもの」はりりあには届かない場所にあるんだ。
曖昧に頷くのが精一杯だった。
目の前を浮遊する赤い物体は、ときどきピタリと静止しては、また思い出したように不規則な動きを繰り返す。
りりあがテストの振り返りについて一生懸命話しているけれど、その声は膜を一枚隔てた向こう側から聞こえてくるみたいに、くぐもって響く。
……あんまり耳に入らなかった。
冷房が効いているはずの車内で、じわりと冷たい汗が背中を伝う。
目の前の「赤」だけが、現実味を持って鮮やかに動いていた。
神さまは幽霊くん 第1章 1話 「始まり」 終わり












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。