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第13話

3月 門出
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2026/01/19 12:00 更新
体育館に響く拍手の音と、送辞・答辞の声。

3月の、少し湿った光が、舞台の上に立つ3年生たちの肩を優しく包み込んでいる。



卒業式が終わる頃には、校舎のあちこちに、
小さな別れの輪が咲いていた。


Geonwoo
……ジュンソヒョン。
沢山の思い出がある生徒会室で、ゴヌは少しだけうつむきながら声をかけた。

まだ胸ポケットにコサージュがついたままの
ジュンソが、振り返る。


Junseo
来てくれたんだ、ゴヌ。
柔らかな笑み。
けれど、その奥には恋人と離れる痛みが滲む。

Geonwoo
ヒョンがいなくなるなんて、実感が湧きません。
Junseo
すぐ湧くよ。来週からはもう、仕事が
いっぱいでしょ?新生徒会長。

冗談めかして笑いながら、ジュンソは一歩近づき、
ゴヌの肩を叩いた。
ゴヌは照れたようにその手を掴む。


Junseo
……ゴヌや。
Geonwoo
はい。
Junseo
これからも、シンロンに優しくしてあげて。
あの子、不器用なのに頑張りすぎるだろ。
少し笑ってから、いたずらっぽく付け足す。
Junseo
でもね――あんまり仲良くしすぎたら、
嫉妬しちゃうから。


ゴヌは思わず目を瞬かせたあと、くすりと笑った。
Geonwoo
ヒョン、可愛すぎます、それ。
Junseo
でしょ?
軽く肩を寄せ合う二人。

ゴヌはまっすぐな声で言った。
Geonwoo
必ず――来年、同じ大学に受かります。
先輩の隣に、これからも立てるように。
それが、僕の道です。待っててください。

ジュンソはほんの一瞬、唇を噛み、そして、
潤んだ目で微笑んだ。
Junseo
……待ってるよ、ゴヌや。
ジュンソはくすぐるような声で囁き、額をコツンと合わせる。
ゴヌは照れ隠しみたいに笑いながら、両腕を背中に回して抱きしめた。
Geonwoo
俺……ヒョンがいない未来なんて、
考えられないんで。

優しいキスが落ちる。

窓の外で風の音が揺れても、ここだけは暖かい。


2人が重ねてきた時間は、この生徒会室に、
静かに息づいていた。





グラウンドに立つジアハオの背中を、
アンシンは少し離れた場所から見つめていた。

真新しい卒業証書の入った筒を片手に、沢山の同級生に囲まれている。その横顔は、いつものように穏やかで、いつもより更に遠い。


Anxin
(ああ……好きだったな)

胸の奥で、静かに波が打つ。


Sanghyeon
アンシニ。
名前を呼ばれて振り向くと、サンヒョンが隣に立っていた。


アンシンの手を、迷いなく握る。

まだ少し冷えている指を、暖かく包み込むように。

Sanghyeon
大丈夫。……僕がいるから。

その声に、胸の奥でぎゅっと張りつめていたものが緩んだ。


ジアハオ先輩がこちらに気づいて、ゆっくり歩いてくる。
Jiahao
アンシニ、仲良くしてくれてありがとう。
……部活、頑張ってね。
Anxin
うん。……ジアハオ先輩も。

ジアハオ先輩は、俺の胸の奥に隠れた言葉なんて知らないまま、柔らかく微笑んで背を向ける。


サンヒョンが少し強く指を絡めてくる。

高校1年生の恋は、名前のつかない形をしたまま胸に残る。

それでも、隣いてくれる人の手の温度が、
俺を前に向かせてくれる。


――さよなら、俺の初恋。





校舎の裏で、リオとサンウォンは向かい合っていた。
春の風が二人の間をすり抜けていく。


サンウォンは黙ったまま、言葉を選ぶように視線を揺らしていた。

そんな中、先に口を開いたのは、リオだった。
Leo
……ありがとう、サンウォナ。
今まで、隣にいてくれて。
リオは小さく笑い、やさしい声で告げた。

Leo
俺、行くよ。
夢、諦めたくないから。
サンウォンは何も返さない。

けれど、肩はわずかに震えている。

Leo
サンウォナも、沢山幸せになるんだぞ。

リオはサンウォンの肩を叩くと、
横を通り抜けていった。


サンウォンは大きく息を吸い、そして――
Sangwon
俺は!!!ずっと、ずっとずっと、
リオヒョンの味方だから!!!
強く言い切る声が、リオの背中にぶつかる。


サンウォンの顔は、きっと涙でぐしゃぐしゃだ。

それを分かっているリオは、敢えて振り向こうとしなかった。

Sangwon
応援したい!リオヒョンの夢を!!!
リオは目を閉じ、一度だけ深く頷いた。

2人の間に、わだかまりを残さないために。


リオはサンウォンに背中を向けたまま、
光の方へ歩いていく。

Sangwon
リオヒョン!!卒業おめでとう!!
涙混じりのサンウォンの声は、
いつまでもリオの耳に残っていた。





日が傾き始めた夕暮れの街を、リオとジアハオは並んで歩いていた。
卒業証書の入った筒を片手に、互いの影だけが重なり合う。

Leo
……高校生活、終わっちゃったな。
リオがぽつりとつぶやく。

ジアハオはうなずき、少しだけ空を見上げる。
Jiahao
うん。なんか、実感わかないよね。
明日も普通にここに来そう。

横顔はいつも通り穏やかで、

それがかえってリオの胸をきゅっと締めつけた。

Leo
大学、受かってるといいな。
ハオならきっと、大丈夫。
Jiahao
リオも、事務所が決まったって聞いた。
リオの曲、本当に楽しみにしてる。
しばらく、2人は同じ歩幅で歩いた。


Leo
ねえ、ハオ。
リオが少しだけジアハオの袖をつまんだ。
Leo
高校、楽しかった?
ジアハオは小さく息を吐き、微笑む。
Jiahao
……楽しかった。特に、最後の一年。
リオと過ごせて、よかった。


リオは視線を落とし、笑う。
Leo
そんなこと言われると、なんか……
終わっちゃう感じする。
ジアハオは少しだけ言葉を探すように沈黙し、
それから続けた。
Jiahao
だって、終わっちゃったから。高校。
その言い方があまりにも誠実で、
そして残酷で、胸に深く刺さる。


リオがふいに足を止めた。

ジアハオも立ち止まり、彼を見る。


リオは、そっと手を差し出した。

ジアハオは一瞬だけ戸惑って――
それから、指を絡めた。



静かな、初めての手。

鼓動だけが互いに伝わっていく。



それは恋だった。
でも、それはまだ、形を持たない恋だった。


好きになることが、

同性の相手を選ぶことが、

何かを失う未来を見せてしまう年齢だから。



高校3年生はもう、何も知らない子どもじゃない。

けれど、まだ大人にもなれない。

だから、手は――ただ静かに結ばれただけだった。




信号が青に変わる。

交差点の真ん中で、2人は目を合わせる。



言葉のかわりに、小さく笑った。





そして角を曲がる地点で、手を離した。






それぞれの道へと歩いていく。


ALD1学園の8人に、3月の風が吹く。

蕾の桜はまだ開かないまま、
それでも、いつか訪れる春を確かに待っている。



――儚くて、静かな距離のまま。

それが、高校生達の恋のかたち。





End.

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