数時間後、あたしはまた君の隣に座っていた。
「来てくれる、って思ってたよ」
夜の街、おぼろげな記憶を片手に訪れたビル。前も同じ、薄暗くて狡い照明。
くらくらする甘い香水の匂い。炭酸水を飲む君の横顔。
「カルーアミルク?」
こくりと頷くと、君は背の低いボーイを目線だけで呼んだ。
「カルーアミルクと炭酸水」
にこりと笑って、ボーイの背中が消えていった。
耳にかかった、くすんだ銀色の髪。緩くパーマが当たっている。
はっきりした目鼻立ちのおかげで綺麗な横顔が、低いテーブルにぼんやり影をつくる。
「……楓さん」
口の中で名前を転がす。君が優しく笑って、あたしの肩に腕を回した。
「何、みのり」
初めて会ったときも、LINEでも、ずっと"みのりちゃん"って呼んでいたのに。
胸ぐらを掴まれたような衝撃に、息ができない。
ああやっぱりこの人はホストなんだって、これ以上好きになっちゃいけない人なんだって、
止まらなくちゃいけないんだって。
でも、あたしはもう止まれなかった。止まれるほどヤワじゃなかった。
恋はジェットコースターみたい、って誰が言ったんだっけ。
まったくもってその通り大正解だよ。でもね付け足しておいて欲しいの。
「ブレーキのついていない」って。
止まれたら誰も苦労しないのに。
「___何でもないです。ただ、横顔綺麗だなって」
乾いた笑い声。照れ臭そうに君が頭をかいた。
「ありがと。みのりも可愛いよ」
どうせこんな褒め言葉、歯の浮きそうな言葉他の女の人にも言うんでしょ?
そうやって冷たくあしらう事だって出来たのに、
その差し伸べられた手振り払うことができなかったのは、惚れた弱み。
カルーアミルクをすこし飲む。唯一のお気に入りのカクテルなはずなのに味がわかんない。
それぐらい君に惚れてるんだろうなって言ったらあたし恥ずかしい子かな?
薄いピンクと、グレーの君のスーツ。細かい格子柄が入ってて綺麗。細い太腿が目に入って、目を逸らした。
いけないこと考えちゃだめ。いくら相手が、ホストだと言っても。
会ったのだって今日で2回目なのに。
全然まだ君のこと知らないのにこんなに好きで好きで好きでどうしようもなくて、
考えるだけで胸が痛くて苦しくて切なくて寂しくなる。
あーあ。あたしだっていろんな恋してきたと思ってたけど、こんなの初めてだから。
全然経験なんて役に立たないよ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!