退院後、サネはゲンヤと共にアパートに来ていた。
猫キャリーバッグから外に出ると、そこは1LDKのアパートでリビングダイニングには小さいながらもキャットタワーが用意されていた。
ゲンヤが指差すプラスチックの大きめの箱には、
猫砂がたっぷりと入っていた。
サネはいぶかしげに猫砂の匂いを嗅いだ。
ゲンヤがにこにこ笑顔でサネの前に猫缶を見せてくる。
その元気いっぱいの笑顔も、優しさも、何もかもがあの頃のままだった。
そう言ったゲンヤがサネの首輪におはぎのチャームをつけてくれた。
これまでチャームが1つしかなかった首輪は、
本来の2つのチャームが付いた姿へと変わっていった。
失われていたものが、ひとつひとつ戻っていく‥‥。
それは、確かな喜びとなってサネの心を温かく満たしていった。
ゲンヤが優しくサネの顎を撫でる。
サネは素直にゴロゴロと喉を鳴らした。
皿に乗せられた猫まんまプレミアムは、茶色くしっとりとした魚の身のような見た目をしていた。
サネが試しに匂いを嗅いでみると、新鮮な魚の身を凝縮したような美味しそうな匂いがした。
そして、恐る恐るぺろりと舐めると、上品な魚の旨みが口いっぱいに広がった。
サネは夢中でガツガツと食べた。
サネがご飯を食べる姿をゲンヤは穏やかな表情で見つめていた。
その夜、サネはゲンヤと一緒にベッドで寝ていた。
大好きな飼い主の匂いに包まれて、ふわふわとした安心感が心を満たしてゆく。
まだ実感の湧かない現実。
サネは月明かりが降り注ぐ窓の外を見た。
そして、頭から離れない愛しいカンナの事を想った。
朝になり、スーツ姿のゲンヤがサネの頭をわしわしと撫でて家を出て行った。
ゲンヤが出かけると、家の中は妙に静かになった。
サネはひとまず家の中を散策してみるが、さほど広くない家の中はすぐに調べ上げられてしまう。
手持ち無沙汰になったサネは、キャットタワーに乗ってしばらく遊んだ。
そして、床に転がっている猫じゃらしで遊んだりと過ごしてみる。
目的もなく一匹で遊ぶのは何とも味気なく感じた。
サネが窓から外を見てみると、そこには見慣れない町並みが広がっていた。
コンクリートでできた大きな建物と、車が多く行き交う道路は見るからに安全ではなさそうだった。
けれど、外の世界は見ているだけで不思議とサネの心をワクワクさせる。
サネは周囲をざっと見渡してみるが、家から出られそうな穴など一つもない。
サネはそっと息を吐いて、その場にうずくまった。
家に一匹でいると、飼い主に会いたくてたまらなくなった。
昼寝をしようにも、どこか落ち着かず‥‥。
サネは一日の時間が、やけに長く感じるのだった。
『すみちゃんはお出かけ行っちゃって帰ってこないニャァ‥‥お家にひとりぼっちは寂しいのニャァ』
ふと、カンナの言葉がサネの頭によみがえる。
いつも寂しがっているカンナの気持ちが、
飼い猫になって初めてよくわかるのだった。
その後もサネはゲンヤの家で何不自由なく生活をしていた。
ゲンヤがサネを抱っこして心配そうな表情でそう言った。
サネは何だか申し訳なくなって、ゲンヤから顔をそらした。
すると、ゲンヤが何やらスマホを取り出して電話をかけていた。
ゲンヤは電話を切ると、サネをじっと見つめてくる。
こうしてサネはゲンヤに連れられて、急きょ中原動物病院へと向かうのだった。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。