「何してんの、ここで。」
ふと顔を上げると、見知った茶髪が見えた。質問に答える気力もないまま視線を落とし、いえ、と呟く。
砂浜に影が二つ伸びる。片手に持っていたビールの缶を見てか、彼女は困ったように笑った。
「何もなかったらこうはならないでしょ、ほら、お姉さんが聞いてあげる。」
「一年しか変わんないじゃないですか。何ならあなた早生まれでしょう。」
ほらほら、細かいことはいいんだよ、と彼女は歌うように笑う。
なんだか毒気を抜かれたような気がして、目を伏せた。
八月。海辺のこの場所は、夕方の空があまりにも美しい。
「バラしたって構わないですよ。どうせ生きたとてあと数年なんでね。」
本当に美味しくない飲み物だ。この空には似合わない、と思いながらも缶を口に運ぶ。
この苦味で自傷している。一線を超えたという苦味を、ゆっくりと身体に刻みつけていく。
「しないしない、私に得がないもの。」
彼女はけらけらと笑ってそう言った。特に驚きも焦りもなく、それを聞き流す。
本当にバラされたって構わない。未成年飲酒で停学になろうが、何だって。
波がゆっくりと呼吸する。それをぼんやりと見ながら、ゆっくりと溶けていく脳に体を委ねる。
「良いですよ。気にしないんで。」
「君が優しい人だって知ってるからね。そんな事はしないよ。」
「はは、まさか。何をどう捉えたらそうなるんです? 」
嫌味に聞こえたかどうかわからないが、彼女はあはは、と笑った。やっと気付いたんだ、と付け足して。
何に、とは聞かなかった。
波が海岸を打ち付ける音が耳に響く。
半分ほど残っていた缶の中身を飲み干し、ふらつく視界の中立ち上がった。
「じゃ、これで。」
こんなところで道草食ってたら家族が心配しますよ、と抑えた声で彼女に告げる。
結局何も話さなかったし、何も聞かなかったな、と思った。
またねー、と呑気な声を背に、家への帰路に戻る。公園のゴミ箱に空き缶を捨て、ゆらりゆらりと歩く。
夕焼けは人を迷わせる。母を狂わせた男も、妹を発狂させた父も、きっとこの茜のせいなのだろう。
はは、と渇いた笑いが溢れる。何一つ、悲しいことなんてないのだ。
ただ、哀れで、滑稽で、仕方がない。
足早に道を歩く。どくん、と心臓が脈打つ音が聞こえ、下唇を噛んだ。
『かえで。お父さんとお母さんはね、紅葉の季節に出会ったのよ。』
家の玄関を開けて、見知らぬ男の靴を確認し、さっさと二階へ上がる。
部屋の鍵をかけると同時に、その場に座り込んだ。少しずつ荒くなる呼吸を抑えるように瞳を閉じる。
真っ赤な海は血を流しているみたいだった。
飲んではいけないものを体に流し込んで、罪の重さを刻みつける瞬間の痛みと、同じだと思った。
あともう一つ、何かが壊れたらちゃんとこの心臓を止めれるだろうな、と誰にも聞こえないほど小さく呟く。
震える手の先で、散らばった錠剤を集めた。少しずつ、この錠剤に命を明け渡していくのだ。
蝉の合唱の隙間から、声が聞こえた気がした。懐かしい、優しくて、幸せだった頃の。
『花言葉があるの。それはね、』












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。