あの日の夜。
星導家は、いたっていつも通りだった。
玲琉は音楽教室での出来事を話して、
誇柄はドラムのリズムを机で刻み、
絇仁は鼓多の横に、ぴったりとくっついている。
鼓多も、ちゃんと笑っている。
それを、見届けた上で。
結侑は静かに立ち上がった。
誰も疑わない、いつもの声だった。
夜風は、思ったよりも冷たかった。
家から少し離れた公園のベンチに座る。
ふぅ、と息を吐く。
その瞬間、
手に震えが、はっきりとわかった。
今さら。
怒りは、もうとっくに消えているはず。
残っているのは。
「もし自分が間に合わなかったら、」という想像。
鼓多が一人で立っている姿。
震えていた声。
誰に言うわけでもない。
でも、口に出してしまうと、
胸の奥がじわじわと痛むのが止まらない。
長男だから。
泣く前に動く。
怒る前に守る。
それが、当たり前になっている。
でも、今日は少しだけ。
怖かった。
自分に中にあった、“本気の怒り”が。
あんなに、冷たい声を出せる自分が。
誰もいないから、弱い声を出す。
この姿を見せれる人が、いないから。
その時、
背後に、絇仁が立っていた。
結侑のパーカーを羽織って、息を切らして。
当たり前のように言う。
結侑は、少し口角を上げる。
絇仁は黙って首を振り、結侑のすぐ隣に座った。
結侑の震えた手を、ぎゅ、と握る。
小さくて、あたたかい手。
正直に、小さく頷く。
その姿を見て、絇仁は少し考えて、また口を開く。
どちらの胸も、きゅっとする。
絇仁は続ける。
見抜かれていた。
結侑は、笑おうとする。
即答する絇仁。
息が詰まる結侑。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
そして。
結侑は、静かに息を吐いた。
否定しない。励まさない。
ただ、手を握る。
その姿は、結侑にそっくりだ。
「大丈夫だった」
その言葉が、深く落ちる。
長男じゃなくても。
完璧じゃなくても。
ちゃんと、届いていた。
結侑は、そっと絇仁の頭を撫でる。
思わず、二人で笑い合う。
結侑の手の震えは、いつの間にか止まっていた。
帰宅して、玄関を開けると、
鼓多と、玲琉、誇柄が待っていた。
ずっと待っていたかのように、優しく微笑む。
結侑は、目を細めて笑う。
その言葉に、鼓多は首を横に振った。
いつもに増して、まっすぐな目。
その目を見て、結侑は思う。
守ることは、怖い。
でも。
この子たちがいるなら、何度でも立てる。
鼓多も笑う。
今日の夜は、長く、静かに更けていく。
優しい長男は、完璧じゃない。
でも。
弱さを隠さず立ち上がれる人は、
きっと。
本当に強い。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。