その異変に最初に気付いたのは、玲琉だった。
空が橙色に染まり始めた、夕方。
誇柄はドラムスティックを握ったまま、ぼんやりしていた。
結侑が額に手を当てた瞬間、顔色が変わる。
体温計で正確な体温を測ると、
表示されたのは、『39.6』の数字。
鼓多が目を丸くする。
夜間外来で診てもらい、インフルでもコロナでもない、ただの強い風邪だろうと診断された。
薬を受け取り、急いで帰宅。
その頃はまだ、誇柄は甘える余裕があった。
結侑は迷わず、誇柄を自分の布団に寝かしつけた。
深夜。
最初の異変は、うなされ声だった。
すぐ隣で添い寝していた結侑は、すぐ目を覚ます。
誇柄の呼吸が荒い。
汗で前髪が張り付いている。
結侑は、誇柄の小さな手を優しく包み込んだ。
けれど、その手がびくりと大きく跳ねた。
目は開いているのに、焦点があっていないことに気付く。
結侑の背筋が冷える。
高熱による意識混濁。
誇柄のような小さな子供には珍しくないこと。
けれど、いくら知識があっても、
兄としては別だ。
突然誇柄は体を起こし、勢いよく布団を跳ね除ける。
その声で、全員が目を覚ました。
鼓多が飛び起きる。
絇仁も顔を青くして、立ち尽くす。
誇柄は怯えた目で、天井を見ていた。
玲琉が泣きそうな目で、誇柄に近寄る。
結侑は、誇柄を強く抱きしめた。
誇柄の手が、空を掴む。
鼓多が、優しくその手を握った。
絇仁も、反対の手を握る。
玲琉が布団の中にもぐり込む。
誇柄の呼吸はまだ早い。
でも、少しずつ手の震えが落ち着いていく。
結侑と誇柄の目が、ゆっくりと合った。
涙が滲んだ瞳を見ると、結侑の胸の奥がきゅっと締まる。
優しい声に、誇柄はようやく泣いた。
声を上げて、わんわんと。
誇柄が眠った後も、結侑はずっと起きていた。
氷枕を替え、汗をタオルで拭き、何度も何度も熱を測る。
41度まで熱が上がったとき、
一瞬、表情が変わった。
想像を、強く引き離す。
その背中を見て、絇仁が小さく話しかけた。
結侑は一瞬、言葉を失った。
鼓多が、隣に座る。
玲琉が布団から顔を出す。
結侑は、初めて少しだけ弱い声を出した。
それは、兄ではなく、
ただの二十四歳の本音。
鼓多が微笑む。
絇仁が頷く。
小さな玲琉も言う。
結侑は、静かに目を閉じた。
ああ。
守る側だと思っていたのに。
守られている。
翌朝、誇柄の熱は38度まで下がっていた。
誇柄が目を覚ます。
誇柄は、ゆっくり笑った。
その言葉に、全員の緊張が解ける。
鼓多が微笑んで大きく伸びをする。
絇仁は赤い目の下を拭う。
玲琉は誇柄にくっついたまま、まだ眠っている。
結侑は、いつもと同じように優しく微笑んだ。
誇柄がにっこり笑って言った。
その言葉に、結侑はついに笑顔のまま、
涙をこぼした。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!