〈あなたは激怒した〉
NOside
それはいつも通りの朝だった。
朝イチで入っていた依頼……と言っても、猫探しという簡単なもの。
今日は珍しく乱歩が乗り気であった為、猫の居場所は一瞬で発見され。
素早い猫を、それよりも更に素早い敦が確保し、依頼人に猫を届け、敦は今依頼人の家から探偵社までの道を歩いていた。
今日も今日とて平和である。
横浜は他の街に比べても大きな都市であり、休日は特に道がこみ合う。
今日は土曜日で、やはりというかなんというか、人口密度の高さに敦は小さく息を吐いた。
大通りの横断歩道はいつにも増して混んでいて、赤信号が青に変わると同時、人が一気に動き出す。
人の波に押し流されそうになりながらも横断歩道を渡っていた敦は、ふと前方の人影から頭ひとつ分抜けた長身の男性を発見した。
呼び掛けると、男性──太宰は人混みの中で立ち止まり、声が聞こえた方を振り向いた。
敦を目に止め、おや、と言う風に軽く目を瞪ってから、にこりと柔和な笑みを浮かべる。
「なーんだ、仲間じゃないのか」と対して残念でもなさそうに肩を竦めて歩き出す太宰。
その隣に並んで歩き、敦はこのままこの人を探偵社まで運ばねばと内心決意した。
そうすれば、多少なりとも国木田のストレスを減らせる筈なので。
敦が首を捻ると、太宰は芝居がかった仕草で右手を胸に添え、左手を前に伸ばす。
その指先はすらりと細く、その仕草はまるで本当に舞台俳優をやっていると言われても信じてしまいそうな程だ。
ちなみに、「普通の遅刻」とは、朝寝坊のこと。
では「普通ではない遅刻」とは?
──無論、自殺未遂である。
川を流れていた、首を吊ってみた、練炭を焚いてみた、などなど。
数えだしたらキリがない。
というかそもそも、太宰は昨日探偵社に来なかった。
自殺に成功したのか、と探偵社はざわついたが、乱歩の「二日酔いだ」と言う言葉に一瞬で静まり返った。
「ザッツライト!ちなみに記憶もないよ!」と楽しげに言う太宰に、敦は苦笑を通り越して呆れ顔である。
太宰と中原。
この2人、互いに世界一がつくほど嫌いあっている癖して、何故かこの広い横浜で出会う確率が高いのだ。
以前、偶然にも中原と2人で話す機会があった敦は、その時の中原の言葉を思い出していた。
曰く──「あいつ、天才だけど莫迦なんだよ」。
ダメだこの人、と敦は思わず額に手を当てた。
いつだったか、先輩社員であるあなたに忠告されたことがある。
──「太宰さんと会話?成り立つわけないじゃん」。
忠告、というか、もはや諦めであった。
しかし、そんなこんなでも太宰を探偵社に連れていくという決意を確りと果たした敦。
今にも帰りたそうにうずうずとしている太宰の腕をひっ掴み、「敦くんダイターン」なんていう声は無視をして昇降機に乗り込んだ。
そして辿り着いた探偵社事務所。
「ただいま戻りました」と扉を開けようと扉に手を掛け、口を開き。
言葉を言うよりも疾く、ドガァン!と物凄い音がした。
細く開けていた筈の扉はいつの間にか全開になり、何故か内側からやってきた暴風に吹き飛ばされた敦は廊下の床に尻餅をつき、ぽかんとする。
敦は思わず異能を発動しそうになった。
それもその筈。
美しく微笑んだあなたから、信じられないほどの殺気が溢れだしていたからである。
敦が幾度となく芥川に向けられた憎悪よりも尚濃い、憎悪を越えた怒りと殺意。
太宰の腹部に散弾銃の銃口を突きつけ、手袋を外した白く滑らかな左手が太宰の首を掴んでいる。
太宰に異能は効かないので、あなたが手袋をしていようがしていまいが関係ない、のだが。
云わばこれは、〝威嚇〟である。
キレてる人に「なにかした?」はそれこそ自殺行為である。
案の定、あなたから噴き出す殺意は倍増。
ぐり、と銃口を太宰の腹部に捩じ込むように押し付ける。
先程よりも笑みを深めたあなたがそこには居た。
その笑みはまさに死神の如く。
人間の意思など関係なく、その命を奪い去っていく絶対的存在。
敦は慌てて事務所内に目をやるが、こういうときいちばん頼りになりそうな常識人代表、国木田は思いっきり明後日の方向を向いている。
まさに一触即発の雰囲気に、敦の首筋を冷や汗が流れ落ちた。
──時は遡り、数時間前。
月見里あなたside
あなたは激怒した。
必ずや、今日こそあの昔から何かしら私に悪影響しか与えない包帯をぐるぐると巻いた頭だけは良い上司を殺さねばならぬと決意した。
……なんて、脳内で巫山戯たことを考えている私は今、バイクを法定速度なんて知ったこっちゃない速度で飛ばしている。
しっかり公道である。
太宰さんのことは嫌いではない。
むしろ、その作戦立案の的確さや、探偵社に入ってからの人間性は高く評価して然るべきだと思ってすらいる。
だが今日こそは、彼を殺すと決意した。
いや、殺したら龍に死ぬ気の決闘でも挑まれそうなので殺すのは無しとしても、半殺しにくらいはしてやりたい。
というか寧ろ、以前太宰さんは一度死んでもギリギリ与謝野さんの異能で生き返ったのだし、殺して大丈夫なのでは??
大丈夫、与謝野さんは今日探偵社にいる日である。
そうと決まれば、と私は探偵社に向けてバイクの速度を更に上げた。
なぜこんなにも私が怒っているか。
思い出すだけでも腹が立つので、私は一先ずその記憶を頭の片隅に追いやる。
そうして辿り着いた探偵事務所。
パーカーの下にある散弾銃の持ち手に手を掛け、私は扉を開けた。
谷崎くんが私を見て顔を青ざめさせ、後ずさった。
事務所の最奥にいた乱歩さんは、私をちらりと見ると一瞬だけ眉を寄せ、それから静かな声で言った。
国木田さんは目を瞪り、今すぐにでも『独歩吟客』を発動しようとしていたらしい手を収める。
「……あなた?」と与謝野さんがどこか固い表情で私の名を呼ぶ。
私は小さく微笑み、与謝野さんを見た。
どうやら太宰さんはまだ出社していないようだ。
私が乱歩さんに向けて微笑むと、恐らくは私の背後に浮かんでいるだろうどす黒い殺気を感じてか乱歩さんが眉を寄せる。
殺気を隠せないのは未熟者。
だか生憎と、私は隠すつもりはない。
私の言葉に、国木田さんは眉を寄せた。
何をやらかしたのか?
簡単なことだ。
私の逆鱗に触れた。
私が絶対にやってほしくないことをやった。
だから私は怒っている。
それはもう、殺害を決意する程に。
──そして時は来た。
仕事に出ていた敦くんと共に相変わらず遅刻してきた太宰さんが私の視界に入った瞬間、私はパーカーの下から散弾銃を取り出し、すかさず太宰さんを押し倒して突きつけた、のに。
視界の隅で敦くんが青ざめるのがわかった。
私は太宰さんの言葉に目を見開き、更に銃口を強く押し当てる。
しばし考える素振りを見せた太宰さんが、「ああ」と顔を上げる。
わかったとばかりに人差し指を立て、小さく笑みを浮かべて口を開いた。
漸く太宰さんの表情に焦りが浮かび始めた。
ぶつぶつと考え、「あなたちゃんのプリン食べたことかな……いや…」などと呟き始めた。
あれも貴方ですか、と私は更に殺意が沸き上がった。
ではそもそも、なぜ私がこんなにも怒っているのか。
目の前の太宰さんはその優秀な頭脳を持ってしてもわからないようだから教えてあげよう。
「私、云っちゃった…?」と太宰さんが引き攣った笑みを浮かべる。
そう、あれは昨日のこと。
以前探偵社とポートマフィア合同で行った任務の報告書を渡すべく、私はマフィア本部に行った。
そこで私の対応をしたのが、ちょうど玄関フロア付近をうろついていた中也さんだったのだが。
なにやら少しおかしかった。
──中也さん?どうしました?
──……いや、なんでもねェ
私が資料を渡すと、いつもなら眩しいくらいに明るい笑顔を向けてくれるのだが、昨日はなぜか目が合わなく。
私から資料を受け取ると、そのまま「……じゃあな」と去ろうとしたので、さすがにおかしいと思い呼び止めたのだ。
だって、今ポートマフィアはそこまで忙しい時期でもない筈だ。
それなのに、渡して即帰るだなんて珍しすぎた。
──やっぱり何かあったんですよね。
「言ってください、私には言えないことなんですか」と問い詰めると、中也さんは少しの逡巡の後に目を伏せて、ぽつりと呟いたのだ。
──手前に合わせる顔がねぇんだよ……
は、と思わず声が出た。
話を聞くと、私が太宰さんに銃を突きつけている今から2日前、つまり昨日の時点での昨日、太宰さんと酒場であったらしく。
言い争った後、先に酔い潰れた方が奢りと言う勝負になったそうで。
その時、酔いに酔った太宰さんがぽろりと言ったそうだ。
「中也なんてあなたちゃんの腕吹き飛ばしたくせに」と。
どの話の流れでそうなったのかはわからないが、それで一気に酔いが覚めた中也さんは支払いを太宰さんに押し付けてマフィアに帰還。
過去の任務資料が保管されている部屋に幹部権限で入り、その報告書を読んでしまったと言うわけだ。
私が太宰さんに依然として馬乗りになったまま言うと、敦くんが慌てて止めに入ってきた。
鋭く睨み付けると、敦くんが少し怯んだように動きを止める。
私の親指が銃のロックを外す。
太宰さんの表情を見ると、殺されるかもしれないと言うこの状況にどこか恍惚した表情を浮かべていて、私は思わず舌打ちをした。
怒りのまま引き金を引き、屋内に銃声がいくつも連続で轟く。
私は思わず目を見開いた。
銃の先が、消えていた。
驚きで緩んだ拘束から太宰さんが抜け出し、立ち上がって乱れた襟を整える。
そしてそのまま、廊下の向こうからやって来た人影に「間一髪だね」と笑顔で語りかけた。
「おい人虎、書類だ」と龍が呆然と立ち尽くしていた敦くんの胸に書類の束を押し付けるようにして渡す。
そうか、書類を届けにきたのか。
なんて最悪なタイミングなんだ、と私は自分の悪運を呪った。
龍の瞳は、ギラギラとした怒りに満ちている。
小さく笑みを浮かべた龍が太宰さんの前に立つ。
まさか、私が太宰さんを人質にするとでも思っているのだろうか。
私はニヤリと笑い、ポケットからスマホを取り出した。
訝しげに片眉を上げる龍の前で、私はとある番号に電話をかけた。
スピーカーになった電話から、呼び出しのコールが響いて廊下に反響する。
電話の画面に表示された名前を龍に見せつけるようにひらひらと振ると、龍が目を見開いた。
龍の前で無慈悲にも銀ちゃんは着信に応じてしまった。
私は勝利の笑みを浮かべ、電話口に向かって口を開く。
早口で捲し立てて電話を切ると、足元に龍の攻撃、黒獣が飛んできた。
それを跳躍して回避し、私は勝ち誇った顔で龍を煽る。
龍の黒獣が閃く。
──その後、戦闘は夜まで続き。
その際に破壊された備品や壁、床の修理代は全て太宰さんの口座から引かれることに。
私はと言うと、存分に暴れたことでストレス発散になり怒りは消滅。
太宰さんに仕事を押し付けることで許してあげた。
中也さんからは、お詫びと称してお高いワインが送られてきたので、「一緒に飲みましょう」と中也の別宅に突撃し、なんとか関係の修復に成功した。
結局、休日は龍と銀ちゃんと私の3人で過ごしたのでした。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。