部屋の中の物は、あの日以降殆ど何も動いていない。
まるで、あの日を境に時が止まったかのように。
だが、秒針の音だけは残酷にも時の流れを自覚させた。
喪失感だけが残る部屋の中で、溜め息がまた1つ響く。
あの日。俺は、ただ1人の"相棒"を失った。
目を瞑れば、大広間に横たわり息のない相棒の姿が、今でも鮮明に浮かんでくる。言葉では到底表わしきれぬ悲しみと怒り、絶望感が何度も俺の心を覆った。
心臓を抉る様な、締め付ける様な、そんな苦痛に表情が歪む。溢れそうになる涙を、俺は必死に堪えた。
情けない。相棒が、もし今も隣にいるとしたら…そんな事を俺に言ってきたかもしれない。
あの日から、もう数ヶ月は過ぎたと言うのに…俺は未だに何をする気も起きず、暗く静かな部屋の中で、時折相棒の事を思い出し、その感情に押し潰されそうになっているだけだった。
もういっその事、あの日…俺も同じように……。
一瞬そんな考えが脳を過ぎり、俺は必死に頭を振った。
その時、久しぶりに部屋にノック音が響いたのだ。
玄関から響くその音は、次第に回数を増し 急かされているような気分になった俺は、重たい腰を持ち上げて玄関へと急いだ。
ロンか…母さんか?そんな事を考え、今扉の奥にいるであろう人物の事を想像する。そして、俺はドアノブへと手をかけ、ゆっくりと玄関の扉を押し開けた。
扉の先には、大きな紙袋を抱えるあなたの姿があった。
彼女は、俺の顔を見るなり安堵の溜息を漏らすと「入るわよ?」と言い、俺の返事を待つこと無く家の中へと入っていった。
あまりにも突然の事で理解が追いつかず、暫く扉の前で固まっていると、部屋の奥から「荷物適当に置いていい?」というあなたの大きな声が響き、俺は直ぐに扉を閉めてあなたのいる部屋へと向かった。
そう言いながら、あなたは部屋の明かりを付けた。
その明るさに、一瞬だけだが目が眩み俺は目を細めた。
そんな俺の行動を見てか、あなたは眉間に皺を寄せ 呆れた様な溜息をこぼしてから、口を開いた。
そう言ったあなたは、俺の頬にそっと手を添えた。
俺を心配しての行動。そんなの事はわかっていた。
だが、俺は心底疲弊していたせいか、彼女のその行動が鬱陶しく感じてしまい、気がつけば視線を逸らし「そんな事ない」と彼女の手を乱暴に払っていた。
普通なら、心配を無下にした俺に怒鳴ってもおかしくないが、彼女はそんな俺の行動に傷つく素振りも不快に思ったような素振りも見せず「嘘ついても無駄よ」と僅かに顔を顰めただけだった。
学生の頃のように、あなたをからかい、あしらう気も起きない俺は、ただ冷たい口調で顔を逸らしたままあなたにそう告げた。
こうして家に来たのも、紙袋の中にある大量の食材も、全て俺の為だということは分かってる。
それでも、今の俺は一人でいたかった。
一人で籠っていた方が、余っ程楽な気がしていた。
あなたは俺の言葉に対し、一切聞く耳を持たず、帰る準備をする所か、俺の横を通りそのままキッチンへと向かった。
あなたは学生の頃からそうだった。何かにつけて、2歳年下の俺とフレッドに"お節介"を焼いてきた。悪戯をする時も、クィディッチで怪我をした時も、過保護な程に心配をし、説教をし、世話を焼いた。
俺達は、それを鬱陶しく感じる事もあり、悪戯で仕返しをする事もあれば、少しばかり楯突く事もあった。
それでもあなたが、お節介なのは変わらなかった。
あなたが卒業してからは、顔を合わせる機会も減ったが…まさか、こんな風に家に来るなんて、、、。
最早、無理矢理追い出す気力も湧かない俺は、半ば諦めて深く溜息を零すと、先程まで座っていたソファーに腰を下ろした。
あなたがキッチンに立つと同時に、部屋の中には久しぶりに聞く料理の音が響いた。あの日から数ヶ月、料理をする事はあっても、俺は ただ無心で音も匂いも感じる事無く食事を作っていた。
そのせいか、あなたがたてるその音と鍋の中から香る匂いに、微かにだが自然と瞼が熱くなった。それと共に口からは、再び深い溜め息が零れる。
きっとこの溜め息は、あなたにも聞こえている。
だが、彼女は何も言わず料理を作り続けていた。
暫くして、料理を作り終えたのかあなたは1人分の食器をテーブルへと並べ始めると、1度俺の様子を見てから静かに口を開いた。
あなたのその言葉に、俺は視線を下に向けながら小さく何度か頷いた。
顔を上げると、テーブルには"1人分"の食事が用意されており、サラダ以外の殆どの料理からは暖かそうな湯気がたっていた。
今まで、こんなに見栄えの良い料理が並ぶ事はなかった。偶に、フレッドが料理した時なんて、、、とテーブルに並べられた食事を見た瞬間、相棒の事が頭に過ぎり俺は思わず顔を逸らした。
俺の口からは、無意識にそんな言葉が放たれていた。
食事が喉を通らないのも、辛さや悲しさがあるのも…その通りだった。だけど、その通りだとしても…俺の中にある感情は、もっと複雑だった。
「気持ちは分かるけど…」そんな風に同情の言葉をかけられ、理解した様な言い方に、俺は異常に腹が立った。そのせいか、俺は気がつけば声を強く荒らげていた。
俺の怒鳴り声が、部屋全体に響き渡る。大声を出した事にハッ…としたが、少なからず本心だったからか、放った言葉にさほど後悔は無かった。
それにどうせ、これだけ声を荒らげても、あなたは聞く耳を持たないだろう。いつもの様に軽く聞き流されるか、怒鳴られる。そう思っていた。
だけど、俺の予想に反して あなたは小さく「そうね…」と呟き、一瞬だが憂いを含んだ表情を見せた。
そう言うあなたの見た事がない表情を前に、自分が言い放った言葉への後悔が、僅かに芽生える。
だが、あなたは先程まで浮かべていた もの悲しげな表情を直ぐに取り払うと、今度は俺の瞳を真っ直ぐ見つめ1歩俺の方へと詰め寄ってきた。
あなたはそう言って、今までにない程の真剣な眼差しを俺に向けた。俺は彼女のその視線に負け、何も言わずソファーから立ち上がると、テーブルの前へ座った。
そして、俺は湯気の立つスープを1口啜った。
程よく温かいスープが、体の中へと落ちていき、通った場所を温めて、自然で優しい甘みが口の中を満たす。
あの日以来、食べ物を口にしても殆ど味を感じなかったのに…久しぶりに感じた料理の味に、スープの温かさとは別の熱さが、鼻の奥から喉にかけて僅かに広がった。
あなたは俺の表情を伺っていたのか、そう言って満足し安心した様な笑みを零した。「鍋にまだ残ってるから、気に入ったなら明日も食べれるわ」そう告げたあなたは、そそくさと自身の荷物を纏め始めた。
あんな風に怒鳴った手前、引き止めるのもおかしな話だが、何故か俺の口からはそんな言葉が飛び出ていた。
あなたは、俺の言葉を聞き少しだけ目を丸くすると、俺の顔を見てから ふっ…と小さく笑って見せた。
「そんな事ない」なんていう、否定の言葉が直ぐに出てくることも無く、俺はあなたの言葉に口を噤んだ。
不思議だった。あなたとの接点と言えば、同じ寮で、あなたがパーシーやオリバーと同年代であることくらい。それなのに、彼女は俺たちの事を必要以上に気にかけていた。
今だってそうだ。卒業し、もう殆ど接点がない俺の元に来て、体調を心配して料理だけを作りに来た。普通、ただの歳下である相手にそんなことするのだろうか…
俺からの問いに、彼女は少しの間口籠った。そして、小さく息を吐き出すと視線を下に向けたまま口を開いた。
似てる?俺達が?フレッドと俺は双子だ。家族でも見間違える事があるのだから、あなたがそんな風にしか思うのは至極当然のようにも感じるが…それが、俺達に構う理由とどんな関係があるんだ?と彼女からの答えにいまいち納得出来ずにいたが…
僅かに悲しさの見える微笑みを浮かべたあなたを目の前にしたら、それ以上は聞き返せなかった。
俺が、何も聞き返せず黙り込んでいると、あなたは先程よりも明るい声を出し「またね、ジョージ」と家を後にした…。
バタンッ…と玄関の閉まる音が部屋まで響く。
再び部屋には、秒針の時を刻む音だけが聞こえていた。
ただ いつもと違うのは、俺の目の前に"色"の見える食事が並んでいる事だった。フレッドや俺が作る料理とも、母さんが作る料理とも違う。
でも、温かく優しい料理である事は確かだった。
食べ物なんて、喉を通らないと思っていた。食欲が湧く日なんて暫く無かった。それなのに、あなたが放った言葉の意味を考えているうちに、皿の中の料理は空っぽになっていた。
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『もし、あなたに声が届くなら…』の執筆中に、ふと思いついた作品です ✎*
第二次魔法戦争関連のお話は、どんなものでも書いている最中に悲しくなってしまいます🥲
でも、こういったお話も執筆するのは好きなので、つい書いてしまうんですよね🕊
もしかしたら、まだもう1話続くかもしれません𓈒𓏸𓐍












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!