あの日以来、咲哉とは本当に色々な事をした。たくさん遊びに行ったしたくさん話した。咲哉のスマホの中にある思い出も見せてもらった。それでも遼の記憶は一向に戻らなかったし、画面の中の自分は別人のように感じた。
「もうほとんど前みたいな感じだけどね」
姉ちゃんは、まだ思い出してないのが不思議なくらいだと言う。距離は縮まったけど、関係は曖昧なまま。
「前から思ってたんやけど、それってなんの写真なん?」
「…これ?」
咲哉のスマホのロック画面は少し不思議だ。たぶん咲哉だと思われる人が暗闇でピースをしているけど、写真はびっくりするくらいブレブレ。
「遼が撮ってくれたやつなんだけど、旅行に行った時に夜散歩してそん時のやつ」
「旅行?」
「熱海に行ったんだよ」
咲哉がスマホの画面を見ながら微笑む。聞かなきゃよかった、なんて思って。こんな小さなことで嫉妬する自分が嫌になる。
「なんでこの写真にしてるん」
「遼がこれにしろってかえたの」
へぇ、そうなんや?と言い話を終えた。
何泊した?楽しかった?熱海で何したの?聞きたい気持ちはあるのに、聞くのが苦しい。
咲哉は遼が好きだと言った、遼も咲哉が好きだ。でも、咲哉の好きは前の遼に向いているのだと思う。それを知るたびに嫉妬でおかしくなる。
記憶を取り戻せたら、過去の自分に嫉妬して劣等感を抱くことなんてなくなるだろうに。早く思い出したい、でもどんなに咲哉が協力してくれても一向に思い出せる気配はなかった。
「遼?」
「ぇ?何?」
「体調悪いならやめる?」
今日は前に咲哉と行ったというパン屋さんと公園に行く予定で朝早くから集まった。
心配そうな咲哉に疑問が浮かぶ。ただ普通に早起きだから眠いのと、いつもの頭痛がするだけなのに。
「なんで?大丈夫やし行こ」
「待って、顔色悪いって」
「大丈夫やって」
「体調悪いなら別の日にしよ」
悪くないって、と強く言うが咲哉も引かない様子で遼の腕を掴む。何故か、早く思い出したいと思う気持ちも止められているような気がして、苛立ちが募る。
遼?と呼ぶ優しい声でさえ、耳に刺さる。
「早よ行こ」
「別に今日じゃなくても…」
「何でもするって言ったやん、何で邪魔するん」
「でも、」
「お前も早よ思い出して欲しいくせに」
思わず声を荒らげるように言って、すぐに後悔した。咲哉の瞳が揺れたから。あ、なんか傷つけたかも、そう思ってすぐに咲哉がごめんといい腕を離した。
優しい咲哉を傷つける自分が嫌いで、大切にしたいのに上手くできない自分が大嫌い。
前の遼ならきっとこんなにも咲哉を傷つけたり困らせたりしなかった。劣等感と自己嫌悪でまみれて汚い。
「遼、また唇噛んでるよ」
優しく冷たい手が唇に触れる。
いつまでも経っても咲哉のことを思い出せないうえに、咲哉を傷つけてばかりの今の遼が、咲哉の好きな遼なわけない。こんなの、咲哉が可哀想だ。
「……ごめん今日やめとこ」
「わかった、送る」
「いい、しばらく咲哉に会わへん」
咲哉が息を呑んで、は?と言うから遼はもう一度言った。声が震えて、途中でひび割れそうだった。
「会わへん、咲哉傷つけてばっかりやから」
「なんでそうなるの」
「ほんまのことやん」
「違うよ」
なんで?と咲哉がまた遼の腕を掴むが、その手を優しく振り落とす。
「ごめん、りょうが咲哉とおるの辛い」
咲哉を置き去りにした。引き止める声が聞こえたけど振り返らなかったし咲哉も追いかけては来なかった。遼が辛いと言えばそれをしないことを知っていたから、あえてそう言った。
咲哉は優しいからどんな姿を晒そうと咲哉は大きな愛で包んでくれるのかもしれない。自己犠牲をしてでも笑って咲哉は遼を優先するだろうけど、それが遼は痛かった。全部前の自分に向けられている愛に感じたから。
自分のためにも咲哉のためにも離れるのが正しいと思った。胸は痛んだけどこれが正解だと信じて疑わなかった。











編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。