第3話

月光と影
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2024/03/06 15:02 更新
武智 宗二郎
武智 宗二郎
組長、武智です。
と、木製のドアをノックした。
無機質な音が、長い廊下に響く。
武智は今、組長執務室の前に立っている。組長からの呼び出しがあったのだ。理由は大方、想像がついていた。
白いコンクリートの床に、壁。ドアの前に置かれた紅い絨毯じゅうたんだけが、この執務室前の唯一の彩りだった。
絢爛けんらんな装飾品の数々が飾られた他の場所に比べると、明らかに異質な雰囲気を醸し出していた。
???
ふふ、良いよ。入りなさい。
ドア越しの籠った声が、返答をした。
それを聞き、武智はドアノブに手をかける。
そして、深呼吸をした。武智は緊張した面持ちをしていた。
当たり前である。武智の様な、幹部でも出世頭でもない一構成員が、組長に呼び出されることなど、前例の殆どない事案である。例え、どんなに度胸のある屈強な男でも、この異様な空気に息を飲んでいたであろう。
それと、緊張する理由はもう一つある。それが、呼び出された理由に関連する。間違いなく、あの事についてだろう。
仇への憎しみと、あの親を殺したという事実に対しての恐怖と、身を焦がすようなたかぶりが武智の中に混在していた。
武智は、ドアを開けた。
紅い絨毯に、黄の月光が差した。
その月光と重なった人影の、輪郭をぼんやりと映し出していた。
人影はわらっていた。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
組長。ご要件とは、何でしょう。
嗤う人影の正体は《無辜の怪物》組長。
名は、大橋康太といった。
柔和な笑みと物腰とは裏腹に、実に食えない男である。
大橋 康太
大橋 康太
武智君には、もう分かっているのでは無いのかね?
組長は、人を食った笑みで答えた。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
……タッグの件で宜しいでしょうか。
武智は、湧き上がる悪感情を、必死に押し殺しながら尋ねた。
実際、武智は無表情を取り繕えていた。が、瞳に宿るナニカに対しての明確な殺意が、全てを物語っていた。
大橋 康太
大橋 康太
あぁ、そう君の仇のね。
まるで、わざと感情を逆撫する言い方をしているようである。見れば、お気に入りの玩具おもちゃを見るような目をしていた。
大橋 康太
大橋 康太
実はね。
すぅ、と目を細める。
大橋 康太
大橋 康太
もう、呼んであるのだよ。
そう愉しげに嗤う組長の言葉を、武智は数瞬の逡巡しゅんじゅんの後に理解した。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
な……
武智は言葉が出なかった。何を言えば良いのかも分からなかった。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
……いまは、どこに……
???
ばあ
当惑を隠せない武智の背後に、突如気配が出現した。
紅い絨毯に、数秒前は無かった影が、また一つ増えた。
武智は振り返らなかった。いや、振り返れなかったという方が正しい。
いくら一般構成員である武智とて、流石に気配は人並み以上に察知できる自負がある。
しかし、後ろの何者かからは、気配を全く感じなかった。
声を出す時の僅かな息遣い、近づくための動作から生じる音、それら全てがソレには無かった。得体の知れない何かに、恐怖すら覚える。
ゾッとした。背中を何かに這われるようだった。
何者か、答えは既に武智の心中に在った。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
糞野郎ッ……
恐怖も何もかも、感情と呼べるものは全て捨て去り、腕から指に神経を集中させた。
腕を振り上げ、振り返る。瞳にはもう何も映っていなかった。
武智は、殴ろうとしたのだ。後ろに立っている親の仇を。
殴る、と言うのは最も単純な、分かりやすい暴力である。威力は劣るが蹴るなんかよりも、もっと精密に、効率良く相手を仕留めることが出来る。
武智が、繰り出した拳は相手を捉え、鈍い音を立てる

はずだった。
武智の右腕は、くうを切った。
力一杯振りかぶっていた武智は、前方によろめいた。勢いに任せ、身体を半回転し、何とか転倒を免れる。
拳の着地地点は、既に組長の隣に回っていた。
???
やあやあやァ……
随分と、血気盛んなわらべだな。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
貴様……
逆光の為か、武智は仇の表情を上手く掴めずに居る。が、そんな事は、最早どうでも良い。
相手と武智の間に一触即発の空気が流れた。ピアノ線が張るような緊張感に、常人ならば怖気付くであろう。
大橋 康太
大橋 康太
まあまあ、二人とも……二人は今日から相棒なのだよ……?仲良くするべきだ。
特に武智君。今後、君からの彼に対する攻撃の一切を禁じる。勿論あなたもだ。
もし破れば……そのくらい分かるだろう?
組長が、制止した。たったそれだけの出来事で、二人は波が引くようにそれぞれの殺気を無くした。
が、武智の中で暴れる激情が静まった訳では無かった。
コチラからの、攻撃が無理ならば、敵に攻撃させれば良いのだ。
武智はそう考える。相手も同じことを考えている可能性も、否定できない事に気づくのは、およそ二日後のことである。
だが、確かに、自分の手を汚さずとも相手を攻撃出来る手段は沢山あった。
???
よろしく頼むよ、相棒君?
逆光野郎は、執務机に腰かけながら言った。表情は見えなくとも、嗤っていると分かる。
心底ムカつく男だ。
武智 宗二郎
武智 宗二郎
あぁ、足は引っ張るなよ。
骨に染み入るような寒さと、やけにテラテラと光る月光の中。

彼らの歪な相棒関係は、この日この時この場所から始まったと言えよう。

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