私たちは数日をかけて、ツムギちゃんが住んでいる町と魔法の設定を決めた。
最初の数項目を決めてからは、とても楽しかった。
設定が次々と思い浮かび、同時に頭の中に町の光景がどんどん見えてくる。
そして――。
マスターがコーヒーをいれている。
使っているコーヒー豆は“夢の劇場”だ。
作品の世界観を完成させた私は、いよいよツムギちゃんの世界を“見に行く”ことにしたのだった。
香豆さんが持ってきたガラス製のコーヒーキャニスターは、空っぽになっている。
私はテーブルに、設定を書き込んだノートを広げた。
ただ、すべての設定は頭の中に入っている。
そもそも、ちゃんと“別の世界に行く”ためには、設定をしっかり頭の中に入れておくことが必須。
ノートは……お守りみたいなものだった。
マスターはいつも通り、快くコーヒーを用意してくれている。
まるで魔法のような、貴重で不思議なコーヒー豆。
その、最後の一杯。
自分には効果がないからと気持ちよくわけてくれた香豆さんや丁寧にコーヒーをいれてくれるマスター、手伝ってくれた春美さんや賢人、そして勝手に観察させてもらった市内の人達。
いろんな人への感謝を込めて、私はこのコーヒーを大切に使わなければならないと思った。
そんな風に話している私たちの前に、コーヒーが置かれた。
2杯。
マスターはにっこりと笑い、私たちの前にぶ厚い冊子を差し出した。
表紙には「夢の劇場 使用方法」と書いてある。
コーヒー豆“夢の劇場”の使い方が記された取扱説明書だ。
私は以前、この冊子を借りて読んだことがある。
その時は基本的な使い方ばかりに注意がいって、読み飛ばしてしまったんだけど……。
確か「複数の人が同じ夢を同時に見る場合」というページがあったはず!
①同じポットの湯を使い、同時にコーヒーをいれる
②同じ形状のカップにコーヒーを注ぐ
③夢を一緒に見たい者全員が設定をしっかり把握する
④夢を一緒に見たい人同士がかたく手をつなぎ、頭に同じ世界を思い浮かべる
⑤手をつないだまま、同時にコーヒーの湯気を浴びてコーヒーを飲む
私たちは、あえて一部の記述を意識的に避けた。
――夢を一緒に見たい人同士がかたく手をつなぐ。
賢人と手を繋いだことは1回だけあるけど……でも、それでも、やっぱり、そりゃあ「じゃあ繋ぎますか、ほいっ」とはならない。
でも、目の前にはすでにコーヒーが来ている。
迷っていたら冷めてしまう。
私と賢人が覚悟を決めたのは、ほぼ同時だったと思う。
私たちはテーブルの下で、しっかりと手を繋いだ。
あいた片方の手で、コーヒーカップを持つ。
持ちやすいよう、取っ手をあいた手の側に向けてあるあたり、マスターの気遣いが伺える。
私は、賢人の手のぬくもりを感じながら、コーヒーの香りを吸い込んだ。
心臓が妙にドキドキするのは、これから見る世界への期待か、それとも……。
わずかに賢人の指先に力がこもったような気がした。
私もそっと握り返した……その時。
視界が真っ白に染まったのだった。














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。