微睡に溺れていたところで、名前も知らない刑務官に声をかけられる。
そう言って牢が開かれ、数人に連れられる。
しばらく歩いたところで、別の部屋に入れられた。
少し暗い、閉鎖的な空間。
ただ違ったのは、アクリル板越しに人がいること。
こちらが先に口を開く。
イレイザーヘッドは、返事もせずにただこちらを見ていた。
アクリル板の目の前に置かれたパイプ椅子に腰を降ろして、イレイザーヘッドと向かい合う。
揶揄うような声でそう言えば、イレイザーヘッドは静かに口を開く。
足立あなたの下の名前(本名)|デフォ名:歩。
あなたの名字(偽名)|デフォ名:佐藤あなたの下の名前(偽名)|デフォ名:凛じゃない、私の、本当の名前。
鼻で笑って、続ける。
即答だった
言葉は軽くしているのに、どこかから苛立ちが溢れそうになる。
そんなことを言われて、心底苛立ったと同時に、コイツが何を思っているのか理解した。
コイツの中で、私はこちら側の世界しか知らないように見えている。
敵と敵の間に生まれて、敵として生きることしか知らない、哀れで可哀想な女の子。
私は、そんなんじゃないのに。
イレイザーヘッドは小さく首を振った。
その一言に、思わず笑いが溢れた。
笑う私を見つめながら、イレイザーヘッドは表情一つ変えていない。
そう言った瞬間、イレイザーヘッドは少しだけ目を見開いたように見えた。
思っていることを当てられたが故か、私の述べた事実が故か。
そんなことはどうだっていい。
そう言って、私はアクリル板越しにイレイザーヘッドを見た。
挑発でも懇願でもない、ただの事実確認のような声音だったと思う。
少し長い沈黙からの、了承。
そんな前置きをして、言葉を続ける。
言ってしまってから、少しだけ笑った。
自分でも可笑しいと思ったからだ。
世界を壊したとか、正義がどうとか、そんな話の後で出てくる願いが、あまりにも小さくて、個人的で、どうしようもなく人間臭い。
普通ならここで“釈放してくれ”だとか言うだろう。
でも、私はこれしか出ない。
これが、私の全部だったから。
私は、私の全部を守るために、壊すことに加勢したのだ。
だから、私から出るのは、これだけ。
即答すると、イレイザーヘッドはわずかに眉を寄せた。
疑念というより、理解しかねている、という表情だった。
低い声で、そう言う。
私は肩をすくめた。
乾いた笑いが漏れる。
イレイザーヘッドは黙ったまま、こちらを見ている。
その視線は、敵を見るものでも、哀れむものでもなかった。
ただ、計測するような、重たい沈黙。
改めて、口にする。
アクリル板に映る自分の顔は、思ったより穏やかだった。
泣いてもいないし、怒ってもいない。
ただ、妙に静かだ。
イレイザーヘッドが、低く言った。
彼は、しばらく黙ってから、椅子に深く腰掛け直した。
その動作一つで、場の空気が変わる。
即答すると、彼はわずかに目を細めた。
再び、沈黙。
今度は、重いだけじゃない。
どこか、思考の音が混じっている沈黙だった。
背後で、刑務官に声が響く。
イレイザーヘッドは立ち上がる直前、もう一度だけ私を見た。
その視線は、最初よりも少しだけ柔らかい。
短い一言。
約束でも、拒絶でもない。
私は、それで十分だった。
軽く言うと、彼は何も返さず背を向けた。
白いバレッタと、焦げた白いリボン。
それが戻ってくるかどうかなんて、まだ分からない。
でも——
“欲しい”と言えたことだけは、確かだった。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。