「ッ……もう十分やろが、ツム」
治くんの低く、苛立ちを孕んだ声が響いた。
侑くんの腕の中にいた私の体は、次の瞬間、強引に治くんの腕の中へと引きずり込まれる。
「っ……、治くん……?」
「目ぇ閉じとけ」
大きな掌が私の顔を覆い、強制的に暗闇が落ちてくる。
何も見えない恐怖の中、治くんは私の視界を塞いだまま、冷徹に言い放った。
「俺があなたちゃんを連れてく。お前は音駒の頭の相手しとけ」
「はぁ!? 待てやサム! 自分だけええ格好すんなや!!」
侑くんの怒号が背後で弾ける。
けれど、治くんはその声を無視して私を軽々と横抱きに抱え上げ、迷いなく地を蹴った。
「お前はやりすぎや。音駒の頭さんの攻撃でも受けて反省せい。お前なら死なんやろが」
その言葉と同時に、背後の空気が爆発するように跳ねた。
私が盾にされていたせいで、今まで一歩も動けなかったクロ。その枷が、治くんが私を連れ去ったことで、ようやく外れたのだ。
(あぁ……私が、いなくなったから……)
皮肉な事実が、冷たく胸に突き刺さる。
助けてほしくて、会いたくて、死ぬ気でここまで走ってきた。
なのに、私がその場にいること自体が、クロを殺しかけていた。私という「弱点」が消えて初めて、クロはようやく全力で怒りを叩きつけられる。
(私が行っても、また盾にされるだけ。……私は、クロの足手纏いでしかないんだ)
そう理解した瞬間、心の底から真っ黒な絶望がせり上がってきた。
愛する人が命を懸けて戦っているのに、私はその場にいるべきではない。私の存在そのものが、大好きな家族を縛る呪いになっている。
「行かせねぇ……ッ!! お嬢を、返せ!!」
背後で激しい打撃音と、クロの猛り狂う咆哮が響く。
今すぐ駆け戻ってその背中に縋りつきたい。
けれど、もし私が戻れば、またあの冷たい銃口がクロの眉間を狙うだろう。
「……クロ……っ、ごめん……ごめんなさい……っ」
治くんの胸元に顔を埋め、溢れ出す涙と一緒に、掠れた謝罪を繰り返すことしかできない。
抵抗する気力すら湧かず、ただ治くんの腕の中で震える私を、彼の掌はずっと外の世界から遮断するように覆い被さっていた。
「……もう、見んでええからな」
治くんの規則正しい心音だけが、絶望に沈む私の耳に虚しく響いていた。
クロを戦場に独り残し、私は二度と戻れない闇の奥へと引き摺られていった。













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。