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第8話

32
2026/05/09 14:02 更新
 この日、世界に激震が走った。
 " 天災 "級モンスターである" 暴風竜 "ヴェルドラの消滅が確認されたのだ。
 ヴェルドラ。特S階級ランクのモンスター。
 魔物のランクも、冒険者のそれと同じようにA~Fの六段階評価で表される。
 やや強い" + "と、やや弱いもしくは、準級という意味の" - "評価がつく場合もある。
 これは" 異世界人 "と噂される自由組合の頂点、" 自由組合総帥グランドマスター "の称号を持つ神楽坂優樹ユウキ・カグラザカという男が、新たに策定したクラス分けであった。
 今までの駆け出し→初心者→中級者→上級者の四段階評価よりもわかりやすく、ウケがいい。
 特Sクラスとは、A評価を上回る魔王指定クラスであるSランク、その更に上の" 天災 "もしくは" 災厄 "級の魔物の事である。
 A~Fの六段階評価の枠組みから外れる、規格外の存在。
 本来、Aランクの魔物でさえ、国家存続の危機に陥る場合すらある恐るべき脅威なのだ。
 その絶望的なまでの危険度が窺えるだろう。
 三百年前に封印されていたとはいえ、そこは天災級のモンスター。
 消滅と見せかけて、別の地方で新たな脅威として再誕していないとも限らない。
 しかし、消滅の報告より二十日が経過するに至って、西方聖教会が" 暴風竜 "ヴェルドラの完全消滅を宣言したのである。
 ジュラの大森林の周辺には、数多あまたの小国が存在する。
 ヴェルドラが消滅したという報告がもたらされると、各国は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
 各々の国の王や大臣達は、連日緊急の会議を行い、今後の対策と情報収集を行っていく。
 小国ブルムンドの大臣である、ベルヤード男爵もそんな一人であった。
 そして、ベルヤード男爵に呼ばれた男もまた、未曾有の混乱の中に生きる者の一人。
 名をフューズ。背は低いが、油断ならない目つきをした男である。
 その役職は、小国であるブルムンド王国の自由組合支部長ギルドマスターであり、この国でも重要な役割を担う人物なのだ。
ベルヤード男爵
君を呼んだのは他でもない。" 暴風竜 "ヴェルドラの件、聞いているだろう?
 聞いていて当然、そういう態度を崩さずに、ベルヤード男爵は、部屋に入ったばかりのフューズに問いかけてきた。
フューズ
勿論ですよ、男爵
 フューズは、言葉少なに肯定した。低いしわがれた声で。
ベルヤード男爵
ふん。さすがはギルドマスター、と言っておこうか
 ベルヤード男爵は、鼻を鳴らして吐き捨てるように言葉を続ける。
ベルヤード男爵
では、ギルドとしての対策を聞かせてくれんか?
フューズ
これと言って特に、何かを行う予定はありません
ベルヤード男爵
何?よく聞こえなかったが……、対策を行うつもりがないだと?
フューズ
はい。必要を感じませんもので
 フューズは、淡々と応える。
 ベルヤード男爵が何を怒っているのかわからない、とでもいいたげに。
 ベルヤード男爵はその態度を不快に思いながらも、それを表に出さないように言葉を続ける。
 もっとも、その努力は全く成功しているとは言い難かったが……。
ベルヤード男爵
必要ないとは、異な事を言うものだな。" 暴風竜 "ヴェルドラが消滅したという事は、魔物の活性化が予想されるのだぞ!それなのに、対策を立てないというのか!?
フューズ
これはおかしな事を仰りますな。対策を立てるのは国の仕事。我々は自由組合であり、ボランティアではありませんよ?
 事実である。
 自由組合とは、国家の枠に縛られぬ組合の事である。
 国ごとに所属する国家所属の職人に比べて、生活の保障はされていない。しかし、国民に準ずる最低限の身分の保障はされている。故に、一定の割合で税の義務だけは課せられているのだ。
 こうした仕組みはこの国だけの話ではなく、この周囲の国家のほぼ全てで共通である。逆に考えるならば、自由組合とは国家の枠組みを超えた組織であり、一国家を上回る組織力を持つという事になるのだが……。
 偶然か意図的なのか不明だが、国家の下に潜り込むように活動を行っているのが実情なのだ。
フューズ
国民の財産を守るのは国家としての最低の義務でしょう?同様に、組合としても、組合員は守りますとも。お互いに大変ですな。
 ギルドマスターの白々しい言い草を聞いて、ベルヤード男爵の額に青筋が浮かんだ。
 明らかに、足元を見られている事を悟ったのだ。
ベルヤード男爵
御託はいい!自由組合から、傭兵を何人出せる?戦闘にけた冒険者は?この都市の防衛に何人回せるのだ!?
 ギルドマスターはやれやれとため息をつき、
フューズ
勘違いしてほしくないのですが、我々はボランティア団体ではありません。国家と自由組合の協定に基づく動員ならば、組合員の一割に当たる人数を動員しますが、それ以上を要求されるなら、対価次第となりますな。

 ブルムンド王国王国の人口は百万人。
 そこに所属する組合員は七千人程度。家族は含まれていない。
 国家と自由組合の協定に基づく動員が発令された場合、自由組合所属の一定の人数(この場合、七百人程度)が国家の指揮下に入ることになる。
 これは当然だが、国家ごとの組合所属の人数であり、他国の組合員には適用されない。その為、自由組合とはいえ、所属国家は明確にされているのだ。
 また、この協定が発令されている期間を国家が定める事が出来るのだが、その期間中は納めるべき税を二割減となるように取り決められている。
 強制力を持つが、税収として考えるならば乱用は出来ない仕組みなのだ。もっとも、徴収される組合員の給料を立て替える必要のある組合としては、当然の取り決めなのであるが。
 仮に、全員を徴収と言われたとしても、対応は不可能である。
 組合員の半数は、非戦闘員なのだから。
 王国としても、その事はよくわきまえている。
 その為、本来であれば無理強いはしないのだが……、今回はそういう場合ではなかった。
 魔物が活発化する。確かに、それは大きな理由である。
 だが、本当の理由があった。それは……。
ベルヤード男爵
やめだ。おい、フューズ。本音を言わせる気か?
 フューズは、ベルヤード男爵が自分の名前を呼んだ事に軽く驚く。
 そして、初めてベルヤード男爵の顔をまともに見据えた。
フューズ
不可侵領域であった" 暴風竜 "ヴェルドラの封印された場所。そのルートを直通できるようになるという事は、東の帝国が動き出す可能性があるな。
ベルヤード男爵
その通りだ!ヴェルドラに対する遠慮か、あるいは封印が解けるのを恐れたのか知らんが、今まで大人しかった帝国に動きがある。わかっているのだろう?あの森を抜けられたら、この王国などあっという間に飲み込まれてしまうのだ。まして、西方聖教会はあてにならんのだぞ!纏まってもいないジュラの大森林周辺の国家など、瞬く間に帝国の支配下に置かれてしまうぞ!
フューズ
教会は動かないか……だろうな。ヤツ等は、人同士の争いには興味がない。魔物の殲滅せんめつが教義だからな
ベルヤード男爵
そうだとも。せめて聖騎士が一人でも動いてくれれば、帝国も迂闊には動けぬものを……魔物への備えがなくなるだけでも時間が稼げるのだが
フューズ
無理だろうな……教会にすれば、国が崩壊しても、自分の懐が痛む訳ではない。教会を信仰する者だとしても、全てを助ける訳ではないのだ
 フューズは、ベルヤード男爵の顔を見やって思う。
 くたびれた顔になったなこいつ……、と。
 無理もないのだろうが、ベルヤード男爵はここ数日で一気に老け込んだように見えた。
 二人は、実は幼馴染みであった。
 男爵とはいえ、貴族と懇意にしている事が公になるのは色々と都合が悪い。
 お互いがお互いを利用していると思わせる関係を築く必要があった為、普段は仲が悪そうに演じているのだ。
 こんな小国だけで、この難局を乗り切る事は出来ないだろう。
 だが、取り越し苦労という事も有り得る。
 確かに帝国に動きはあるが、まだ攻めて来ると決まった訳ではない。
 魔物だけならば、まだ対策の立てようはあるのだ。
フューズ
まだ帝国が動くと決まった訳じゃないだろ?ともかく、俺が個人的に調査だけは行ってやる。期待されても困るが、ジュラの大森林の様子と帝国の動向は探ってみるよ
ベルヤード男爵
すまん……、助かる
 そう、まだ帝国が動くと決まった訳ではない。
 仮に動くとしても、いや、動くならば大規模な軍事行動となる。
 小競り合いを仕掛けに動くほど、帝国は甘くない。百万を越える軍勢で、周辺国家をことごとく蹂躙するだろう。だとすれば、準備に時間がかかるはず。少なくとも三年は……。
 それでも時間が多いとは言えないが、こちらにも準備する余裕が生まれる。
フューズ
ともかくは、情報を掴む事だな。時間もない。俺はいくぞ!
ベルヤード男爵
頼んだ……
 二人は頷きあい、そして別れる。
 すべき事は山程あるのだ。

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