タヒの描写あり
苦手な人はUターン
何ということもない普通の人生。
大学を出て一応大手と言われるゼネコンに入社し、現在兄と二人暮らしの三十四歳。彼女はいない。
年の離れたもう一人の兄が両親を養っており、僕たちは気ままな独身貴族という訳だ。
身長も低い訳ではなく、顔も悪い訳ではない。だけどモテない。彼女を作ろうと努力したこともあったが、三回告白してフラれた時点で心が折れた。まあ、この年になると彼女がどうのこうのというのは正直面倒くさい。
仕事が忙しいというのもあるが、別にいなくて困るというものでもないし。
……言い訳してるのではないよ?
なぜそんなことを考えていたかというと―――
笑顔で僕らに向かって歩いてくる、爽やかな青年。そして、その横に並ぶ美人さん。僕たちの後輩の田村と、会社のマドンナと名高い、受付の沢渡さんである。
そう、今日はこの人たちに、結婚するから相談に乗ってくれと頼まれたのだ。つい、何故自分はモテないのか、などと考えてしまった理由である。で、仕事帰りに待ち合わせの交差点脇に二人で、電柱にもたれてつらつらともの思いにふけっていたという訳だ。
僕たちは沢渡さんに目礼しながら質問する。
緊張してるのは僕たちの方だっての!
そもそも僕たちは、人と話すのが苦手なのだ。
察しろって……などと、内心でボヤく僕。
大体、どう見ても恋愛に縁のなさそうな僕らに持ってくる相談ではない。絶対に当て付けだろうと思う。恐らく、間違いないだろう。
兄ちゃんはこういうところがあるからな……。兄ちゃんからしてみれば軽いジョークのつもりだったのだが、沢渡さん、顔を真っ赤にしながら涙目になってしまって。これは、可愛いわ。
兄ちゃんのジョークはデリカシーに欠けるしセンスもないから、絶対にやめておけとよく言われるんだけど、ついつい言ってしまうと言っていた。
やっぱり、今回も失敗。兄ちゃん性格悪いな。
田村が沢渡さんの方を叩きながら取り成してる。
くそ、田村め!こういう状況はまさに、リア充爆発しろ!って叫ぶ場面だな。
笑いながら取り成す田村。できた後輩だ。
嫌味がなくて爽やかで、憎めないやつだ。
田村はまだ二十八歳で、兄ちゃんとはだいぶ年も離れてるのに、何故かこの三人は馬があった。
妬んでても仕方ない。そう思って兄ちゃんが移動しようと声をかけたとき……。
悲鳴。混乱。
なに?何が起きてる!?
その声に振り向くと、包丁と鞄を持った男が走ってくるのが見えた。
悲鳴が聞こえる。男が向かってくる。手には包丁。包丁?その切っ先には……。
兄ちゃんが田村を突き飛ばした瞬間、兄ちゃんが……刺された。兄ちゃんはその場に崩れ落ちるようにうずくまった。
何が起きたのか理解できない。動きたくても動けない。
その時、背中に焼けるような痛みが走った。僕は兄ちゃんに覆い被さるようにうずくまり、背中の痛みに耐える。
叫びながら逃げていく男を眺めて、田村と沢渡さんの無事を確認する。
田村が、声にならない叫び声を上げながら駆け寄ってきた。
沢渡さんは突然の事態に茫然自失になっているようだが、怪我はなさそう。
それにしても、背中が熱い。痛いとかそんな感覚通り越して、背中が熱い。
なんだこれ?熱すぎる……勘弁してよ……。
もしかして……刺されちゃった?
刺されて死ぬとかないわぁ……。
まあ、兄ちゃんに先逝かれて一人残されるよりいいか……。
なんだ、うるさいな。田村か。変な声が聞こえた気がしたが、田村ならしょーがない。
血?そりゃ、出るよ。僕だって人間だ。刺されたら血ぐらい出る!
だけど、痛いのはやだな……。
えっと……やばい。僕も痛みと焦りで意識が混乱しているみたい。
真っ青な顔で泣きじゃくりそうな顔をして、僕たちを抱えようとする田村。男前が台無しだな。
沢渡さんの様子を見ようとしたが、視界が霞んでよく見えない。
背中の暑さが感じられなくなり、代わりに猛烈な寒気が僕を襲った。
やばい、な……。人は血液が足りないと死ぬんだっけか。
声を出そうとして、出なかった。やばい。本当に僕、死ぬかも……。
てか、だんだん熱さも痛みも感じなくなってきた。
寒いのだ。寒くてどうしようもない。何て事だ……寒さで凍えるとか、僕も忙しいな。
そんなことを思っているとき、急に大きな声がした。
兄ちゃんは、最後の気力を振り絞って、心残りであった最重要事項を伝えた。
風呂に沈めて電気流すって……何やってるんだよ……。
田村は一瞬何を言われたのかわからなかったのか、きょとんとした顔をした。
その後意味を理解した様子で、苦笑いを浮かべる。
男の泣き顔なんて見たくないしな。苦笑いでも、泣き顔よりかはマシだ。
そうだろうと思ったよ……。全く、この野郎は。
最後の力で、それだけを伝えた。
何という事もない普通の人生。
大学を出て一応大手と言われるゼネコンに入社し、現在二人暮らしの三十四歳。彼女はいない。
年の離れたもうひとりの兄が両親を養っており、僕たちは気ままな独身貴族だった。
お陰で、童貞。
まさか、未使用のままであの世に旅立つことになるとは……僕の息子も泣いてるだろう。
ごめんな、お前を大人にしてやれなくて……。
次生まれ変わることが出来たら、ガンガン攻めよう。声かけまくって、喰いまくるぞ……。ってそれ駄目か。
そして四十歳目前……とまではいかないけど僕なんて、三十歳童貞で魔法使いならもうすぐ賢者だったのに……大賢者も夢じゃない。いや、流石にそこまではどうかと思うけど。
……って、さっきからなんだ?何が《ユニークスキル『大賢者』》だ。舐めてるのか?
全然ユニークなんかじゃねーよ!
笑えないよ、こっちは!
本当に失礼な……。
そんなことを考えながら、僕は眠りについた。
これが死ぬってことか……思ったほど寂しくないな。来世も兄ちゃんと兄弟がいいな。
それが、俺がこの世で思った最後の言葉だった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!