第38話

37話
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2026/03/07 11:00 更新

 
 朝の光は思っていたよりやさしかった。
 
 カーテン越しに

 差し込む光が、病室の白を少しだけ温かくする。
 
 あなたは目を覚まして、最初に腕の中を見た。
 
 ――いる。
 
 昨日と同じ。
 
 ちゃんと呼吸して、小さく胸が上下している。
 
 それだけで、理由もなく涙が滲んだ。
 
「……また泣いてる?」
 
 隣から淳太の声。
 
 コーヒーを片手に、少し眠そうな顔。
 
「……だって」
 
 あなたは声を整えながら言う。
 
「目、覚めたら全部夢なんじゃないかって思って」
 
 淳太は何も言わず、あなたの隣に腰を下ろす。
 
 そして、小さな額にそっと触れた。
 
「……大丈夫」
 
「現実や」
 
 その一言が胸に落ちた。
 
 あなたは赤ちゃんを見つめる。
 
 昨日、決めた名前。
 
 でも、まだ一度も声に出していない。
 
 言葉にした瞬間、何かが変わってしまいそうで。
 
 淳太はそれに気づいていた。
 
「……怖い?」
 
 あなたは小さく頷く。
 
「……呼んだら、全部始まっちゃう気がして」
 
 淳太は少しだけ笑った。
 
「……もう始まってる」
 
 そう言って、あなたの

 手の上に自分の手を重ねる。
 
 赤ちゃんの小さな

 手が、二人の指に触れた。
 
 その瞬間。
 
 あなたの喉が震えた。
 
「……つむぎ
 
 名前を呼ぶ。
 
 かすれた声。
 
 でも、確かに呼んだ。
 
 赤ちゃんは小さく口を動かして、

 ふう、と息を吐いた。
 
 それだけ。
 
 それなのに。
 
 あなたの視界が一気に滲んだ。
 
「……あ、だめ」
 
 涙が止まらない。
 
「……呼んだら本当に家族になっちゃった」
 
 淳太は黙って、

 あなたの肩を抱いた。
 
 その腕は強くない。
 
 でも、逃げ場がないくらい確かだった。
 
「……なったんや」
 
 低い声。
 
「俺ら、もう戻られへん」
 
 あなたは涙のまま笑った。
 
「……戻りたくないよ」
 
 そのとき。
 
 赤ちゃんが初めて小さく私達の前で泣いた。
 
 細くて、短い声。
 
 でも、胸を貫く音。
 
 淳太の呼吸が一瞬乱れた。
 
「……あ」
 
 言葉にならない声。あなたは気づいた。
 
 ――淳太、泣いてる。
 
 目元を隠すように俯いて、声を殺している。
 
「……ごめん」
 
 そう言いかけた 淳太に、あなたは首を振った。
 
「……いい」
 
「……泣いていい」
 
 淳太はしばらく

 黙ってから、震える声で言った。
 
「……守れるか、正直分からん」
 
「でも……守りたいって思ったのは初めてや」
 
 その言葉に、あなたは何も言えなくなった。
 
 ただ、三人の温度がそこにあった。
 
 世界はまだ騒がしい。
 
 選ばなきゃいけない未来もたくさんある。
 
 でも。
 
 この瞬間だけは、間違いなく幸せだった。
 
 名前を呼んで、

 涙を流して、家族になった朝。

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