第37話

36話
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2026/03/06 11:00 更新

 
 病室は、

 不思議なくらい静かだった。
 
 機械音と、小さな呼吸。それだけ。
 
 あなたはベッドに横になりながら、

 腕の中の温もりを確かめていた。
 
 ――ほんとに、ここにいる。
 
 さっきまで自分の中にあった命が、

 今は外で息をしている。
 
 怖いくらい、現実だった。
 
 淳太はその隣で、椅子に腰掛けている。
 
 何度も、同じ動作で小さな背中を撫でる。
 
 壊れ物を扱うみたいに、慎重に。
 
「……名前」
 
 あなたがぽつりと言った。
 
「……考えてたの?」
 
 淳太は少し間を置いて頷く。
 
「……呼ぶたびに、ちゃんと現実になる名前がええなって」
 
 あなたは小さく笑った。
 
「……それ、ずっと現実見てきた人の言い方」
 
 そのとき。
 
 コンコン、と控えめなノック。
 
 扉が少しだけ開く。
 
 顔を覗かせたのは、流星だった。
 
「……今、ええ?」
 
 声はいつもより低い。
 
 あなたが驚いて目を見開く。
 
「あ……」
 
 流星は気まずそうに笑った。
 
「さっきはな、廊下の一番奥で立っててん」
 
「俺、こういうとき前に出たらあかんタイプやから」
 
 淳太が思わず苦笑する。
 
「……お前らしいわ」
 
 流星は一歩だけ近づき、ベビーベッドを覗いた。
 
 しばらく黙ったまま。
 
 それから、ぽつり。
 
「……ちっさ」
 
 でも、声が震えている。
 
「……でも、めっちゃ強そうやな」
 
 あなたはその言葉に、胸が熱くなった。
 
「……ありがとうございます」
 
 流星は軽く手を振る。
 
「いや、俺は“おめでとう”言いに来ただけ」
 
 視線を淳太に向けて。
 
「……父親」
 
 一拍。
 
「……似合ってるで」
 
 それだけ言って、静かに扉を閉めた。
 
 部屋に戻る静寂。
 
 淳太は息を吐いた。
 
「……あいつ、ちゃんと見てたんやな」
 
 あなたは赤ちゃんの小さな手を

 握りながら言う。
 
「……みんな、ちゃんと見てくれてた」
 
 その言葉に、淳太は頷いた。
 
 そして、ゆっくり口を開く。
 
「……名前、決めよか」
 
 あなたは赤ちゃんを見つめる。
 
 泣きもせず、ただそこにいる存在。
 
「……あなたが生まれた日を、忘れない名前にしよ」
 
 淳太は小さく微笑んだ。
 
「……一緒に生きる名前やな」
 
 まだ、声には出さない。
 
 でも、確かに心の中で呼んだ。
 
 その瞬間。
 
 あなたははっきりと思った。
 
 ――私、

 母親になったんだ。
 
 静かな夜。
 
 世界は何も変わっていない。
 
 それでも、

 三人の未来だけは、

 確実に動き出していた。

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