病室は、
不思議なくらい静かだった。
機械音と、小さな呼吸。それだけ。
あなたはベッドに横になりながら、
腕の中の温もりを確かめていた。
――ほんとに、ここにいる。
さっきまで自分の中にあった命が、
今は外で息をしている。
怖いくらい、現実だった。
淳太はその隣で、椅子に腰掛けている。
何度も、同じ動作で小さな背中を撫でる。
壊れ物を扱うみたいに、慎重に。
「……名前」
あなたがぽつりと言った。
「……考えてたの?」
淳太は少し間を置いて頷く。
「……呼ぶたびに、ちゃんと現実になる名前がええなって」
あなたは小さく笑った。
「……それ、ずっと現実見てきた人の言い方」
そのとき。
コンコン、と控えめなノック。
扉が少しだけ開く。
顔を覗かせたのは、流星だった。
「……今、ええ?」
声はいつもより低い。
あなたが驚いて目を見開く。
「あ……」
流星は気まずそうに笑った。
「さっきはな、廊下の一番奥で立っててん」
「俺、こういうとき前に出たらあかんタイプやから」
淳太が思わず苦笑する。
「……お前らしいわ」
流星は一歩だけ近づき、ベビーベッドを覗いた。
しばらく黙ったまま。
それから、ぽつり。
「……ちっさ」
でも、声が震えている。
「……でも、めっちゃ強そうやな」
あなたはその言葉に、胸が熱くなった。
「……ありがとうございます」
流星は軽く手を振る。
「いや、俺は“おめでとう”言いに来ただけ」
視線を淳太に向けて。
「……父親」
一拍。
「……似合ってるで」
それだけ言って、静かに扉を閉めた。
部屋に戻る静寂。
淳太は息を吐いた。
「……あいつ、ちゃんと見てたんやな」
あなたは赤ちゃんの小さな手を
握りながら言う。
「……みんな、ちゃんと見てくれてた」
その言葉に、淳太は頷いた。
そして、ゆっくり口を開く。
「……名前、決めよか」
あなたは赤ちゃんを見つめる。
泣きもせず、ただそこにいる存在。
「……あなたが生まれた日を、忘れない名前にしよ」
淳太は小さく微笑んだ。
「……一緒に生きる名前やな」
まだ、声には出さない。
でも、確かに心の中で呼んだ。
その瞬間。
あなたははっきりと思った。
――私、
母親になったんだ。
静かな夜。
世界は何も変わっていない。
それでも、
三人の未来だけは、
確実に動き出していた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。