兄のガサガサとした表面の学生服が肌に擦れる。
当時から小さかった体には重すぎたランドセル。
着いたままの交通安全のワッペン。
肩元に落ちる熱い水が全てを物語る。
鼻をつく臭いも、その時は何故か感じなかった。
高温多湿の重苦しい夏。
奥に覗いた足で悟った。
横で号泣しているのは今までと同じの兄ではない。
発狂して虎に変わったあの人とおなじ。
決定的に「それ」が芽吹いたのはその時。
僕にとって唯一の大好きな人であった。
その兄が狂ったならば僕だって「狂っていいんだ」って。
目の前に見えていたはずの世界がぐるぐるとしていって、色を混ぜて混ぜて混ぜ込んで黒に変わっていく。
僕が彼の手を払って奥に入り込む。
慌てて目を塞ごうとするのを拒絶してしゃがみこむ。
自然にしていた。
それに驚く間もなく僕の中にあったはずの僕はその瞬間から消え去った。どこへともなく。
そんな救われたような顔をしないでくれ。
僕だってやっと思えたことをいえてスッキリしてるんだ。
悪魔の翼がバキバキと音を立てて生え始める。
心地よい。
あの時のあの人の怯えた目と言ったら。
まるで化け物が人を食うのを見ているかのような、「信じられない、酷い」とでも言うような顔。
彼は膝から崩れ落ちて逃げ惑うように後ずさった。
なんでそんな事するの?
乖離していたハズの自己なんて消えていた。
彼は黙った。
言い返しようがないのだ。
足元に転がっているそれを蹴る。
血飛沫が舞って、その人は口を抑えて肩をガタガタと震えさせた。いつもの頼りがいのあるお兄ちゃんは消えて、ただただ目の前の光景に怯える子鹿に変わっていた。
もう動くわけのないそれは見事に汚い。
早くしないと腐っちゃう、僕たちごと。
手が震えている。
自分からしたことなのに信じられないなんて、催眠にでもかかっていたの?
心の底から溢れる笑顔を向けるも、彼の顔には汗がつたう。
だからそんなに化け物を見たみたいな顔しないでよ。














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。