第10話

第十話 逃避行を君となら
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2026/02/14 13:36 更新
その日は、やけに静かだった。

 外の音が、ほとんどしない。

 北斗は窓際に立ったまま、しばらく外を見ている。
松村北斗
……警察が近い
ぽつりと、そう言った
京本大我
分かるのか
松村北斗
気配でな
冗談みたいな言い方なのに、

 冗談じゃないのが分かる。


 俺は、胸の奥がざわついた。
京本大我
樹だ
北斗が、俺を見ずに言う。
松村北斗
足が早い。
無茶もする
それ、同期の俺が一番分かってる
京本大我
怒ってるだろうな
松村北斗
心配してる
即答だった。

 その一言で、

 胸がぎゅっと締めつけられる。
松村北斗
……俺のせいだ
京本大我
違う
北斗は、ようやく俺を見る
京本大我
お前は、間違ってない
それが、 

 どれだけ珍しい言葉か、

 自分でも分かってる。
 





 夜。

 北斗の携帯が、短く震えた。

 画面を見る目が、鋭くなる。
京本大我
来てる?
松村北斗
来てる
京本大我
……どの辺まで
松村北斗
この区画に入った
空気が、変わる。
松村北斗
時間がない
北斗は、俺に向き直った
松村北斗
ここを出る準備をしろ
京本大我
連れてくのか?
俺は小さく笑った
松村北斗
選択肢はそれだけじゃない
——でも、
 どれも楽じゃない選択肢。
京本大我
 樹に会ったら、どうする
俺の問いに、北斗は少し黙った
松村北斗
会わせない
 短く、はっきり。
京本大我
……俺は?
松村北斗
お前は——
言いかけて、止まる。

 北斗の視線が、揺れた。
松村北斗
俺のそばにいると、
もう戻れなくなる
京本大我
戻る場所なんて、
最初から一つしかなかった
そう言うと、

 北斗は目を細めた。
松村北斗
それが、警察だろ
京本大我
違う
自分でも驚くほど、
 はっきりした声だった。
京本大我
“警察だけ”じゃない
北斗は、ゆっくり息を吐く
京本大我
……樹は、優しい
松村北斗
知ってる
京本大我
だから、きっとわかってくれる
遠くで、

 車のエンジン音が止まる気配。

 北斗が、窓の外を見る。
松村北斗
——来たな
その声は、低い。

 俺は、思わず一歩前に出た。
京本大我
北斗
呼ぶと、彼はすぐ俺を見る
京本大我
俺が出る
松村北斗
何言ってる
京本大我
樹には、俺が話す
北斗の表情が、強張る
松村北斗
それはダメだ
京本大我
逃げるよりマシだ
 一瞬、言葉がぶつかる。

 北斗は、俺の腕を掴んだ。

 強くない。


 でも、離さない
松村北斗
……頼む
低い声。
松村北斗
今だけは、俺の言うことを聞け
その声が、

 初めて“弱さ”を含んでいた。

 俺は、何も言えなくなる。



 ——その時。


 遠くで、

 インターホンの音が鳴った。

 一度。
 二度。


 短く、迷いのない押し方。

 それを聞いた瞬間、

 俺は確信した。



 樹だ。

 北斗は、目を閉じてから、

 小さく息を吐いた。
松村北斗
……間に合わなかったか
俺の手を、離す。
松村北斗
隠れろ
京本大我
北斗——
松村北斗
約束だ
強い目で、

 でも、どこか切実に。

 俺は、唇を噛んで、

 部屋の奥へ下がった。

 ドアの向こうで、

 足音が近づく。

 樹の声が、

 すぐそこまで来ていた。


 ——次に扉が開いたら、

 全部が変わる。




 そんな予感だけが、


 胸の奥で、静かに鳴っていた。

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