第7話

知らなかったこと
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2026/02/23 10:09 更新
教室の空気が、妙に広く感じた

前の席、空いたままの椅子


もう一ヶ月、向井康二は学校に来ていなかった

最初は「またサボり?」そう思った

次は「停学?」、その次は——どうでもいい
そう思うことにした

なのに、視線が勝手に向く、空席へ




放課後



日直の仕事で遅くなった私は、
資料室へ向かう途中だった

廊下の角
男子の笑い声が聞こえる

帰ろうとして、足が止まった


「あいつマジ邪魔だったよな」


「ほんとそれ。向井のせいで近づけねーし」

胸が、小さく跳ねた

……向井?

思わず壁の陰で足を止める

「てかあの日さ、急にキレてきて意味わかんなかったわ」

「あーあの時な」

笑い声

「別にちょっとからかっただけじゃん」

「感じ悪い女だからさーあなたの名字」

一瞬、自分のことだと分からなかった

でも次の言葉で凍りつく

「スタイルいいし告って遊ぼうぜって言っただけなのに」

「一発ヤって振ればウケるってノリだったのにな」

血の気が引いた……なに、それ、足が震える

「そしたらさ、向井が
急に“やめてくれへん?”とか言ってきてさ」

息が止まる

「は?って感じじゃね?」

「しかも胸押さえてしゃがみこんでさ。演技かと思ったわ」

笑い声

「別に次の日普通だったし、演技だったんじゃね?」

「あれ演技なのっ!?だっせ」

と遠ざかっていく足音


私は動けなかった、壁に背中を預ける

頭の中が真っ白になる

……え?


あの日、喧嘩したって

最悪な人だって、そう思っていた

違うの?

私を——?

守って?

喉が乾く

でもすぐに首を振った

違う…偶然……たまたま…

そう思おうとした

なのに、胸の奥がざわつく

どうして、あの日

胸を押さえてたんだろう…



確かめたくても、連絡先すら知らない…
それから数日

気になってしまった…本当に、ただそれだけ


放課後

職員室へ提出物を届けた帰りだった
もう生徒はいない、昇降口へ向かう途中に
先生たちの声が聞こえた

「向井くん、大丈夫かしらね」

足が止まる  反射的に柱の影へ隠れた
盗み聞きなんてするつもりじゃなかった…でも
名前を聞いた瞬間…体が動かなかった

「小さい頃に心臓の手術してるって聞いたわ」

世界が止まる

「再発の可能性もあるらしいの」

息が浅くなる

「今回も無理したんでしょう?体育も禁止だったのに」

体育??………思い出す

夏の日

汗。

早歩き。

転びそうになった瞬間。

下敷きになった体。

——ちゃんと水分とらなあかんやん。

胸を押さえていた手。。。



「走ったのが原因みたいね」

耳鳴りがした

「本人が絶対学校に言わないでって
頼んできたらしいけど」

「まだ入院中なのよね」

……入院   …頭が理解を拒否する



いい加減なやつで…

サボり癖があって…最低

自分が言った言葉が次々浮かぶ



手が震えた…私は何も知らなかった

ただ窓の外を見るみたいに遠くから決めつけて


傷つけた、彼を……




気づいた時には、先生たちはもういなかった


昇降口にひとり、夕焼けが差し込む
靴箱の前で立ち尽くしてた

胸の奥がぎゅっと痛んだ
理由が分からない…ただどうしてか…

初めて

思った



——会いたい、会って話したい

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