空はお姉さんの宣言通りの快晴で、
何羽かのトンビがずっと高い場所を得意げに舞っている。
私は海沿いの坂道を自転車で下っている。
制服のスカートが、深呼吸をしているみたいにばたばたと膨らむ。
空も海も嘘みたいに青く、
土手の緑はどこまでも瑞々しく、
水平線をなぞる雲は生まれたてのように白い。
こんな場所を自転車で通学する制服姿の私は、
けっこうSNS映えするんじゃないかなとふと思う。
朝日に輝く古い港町を背景に、
手前の坂道にはペダルを漕ぐ制服姿。
そんな写真を思い浮かべる。
潮風になびく高めのポニーテールと、ピンク色の自転車と、
青を背景にした少女の華奢な(たぶん)シルエット。
まいったなこりゃ、だいぶいいね!がついちゃうな。
……こちん、と、心の端っこがふいに硬くなる。
ふーん。と、私の中の一部が呆れる。
海を見ながらそんな気分なんて、
ずいぶんお気楽だね、君。
私は小さく息を吐く。
ふいに色褪せてしまったように見える海の青から、
目を剥がして前を見る。と、
誰かが、歩いて坂を登ってくる。
町外れのこのあたりを歩いてくる人なんて極めて珍しいから、
私はちょっと驚く。
大人たちは100パーセント車移動だし、
子供たちは大人の車に乗せてもらうし、
私たち中高生は自転車か原付バイクだし。
____男の人だ、あれは。
すらりと背が高く、短い髪と白いロングシャツが風になびいている。
私はかすかにブレーキを握り、
自転車のスピードをすこし緩める。
しだいに近づいてくる。
見知らぬ青年____旅行者かな。
山登りみたいなリュックを背負っている。
日焼けしたジーンズに、大きな歩幅。
すこしセンター分けにした前髪が、海を眺めている横顔を隠している。
私はまたすこしだけ、ブレーキを握る手に力を込める。
ふいに海風が強くなる。
青年の髪が風に躍り、その目元に光が当たる。
私は息を呑む。
口が勝手に呟いていた。
青年の肌は夏から切り離されたように白く、
顔の輪郭は鋭くて優雅。
長い睫毛が、すっと切り立った頬に柔らかな影を落としている。
左目の下には、ここにあるべきなんだという完璧さで小さなほくろがある。
そういうディテイルが、どうしてか間近にで見ているような解像度で私の目に飛び込んでくる。
距離が縮まっていく。
私はうつむく。
私の自転車の車輪の音と、青年の足音が混じり合う。
鼓動が高まっていく。
50センチの距離で、私たちはすれ違う。
私は、私たちは____心が言う。
ぜんぶの音がゆっくりになっていく。
私たちは、以前、どこかで____。
柔らかくて低い声。
私は立ち止まり、振り返る。
その間の1秒の風景が、やけに眩しい。
目の前に、青年が立っている。
まっすぐに私の目を見ている。
予想外の問いに、漢字が追いつかない。
ハイキョ?
とびら?
廃墟にある扉ってこと?
自信のない声が出る。
青年はにっこりと微笑む。
なんていうか、周囲の空気ごと優しく染めるような、
とても綺麗な微笑。
青年はくるりと背を向けて、
私が指差した山に向かってすたすたと歩いて行く。
さっぱりとすこしも振り返ることなく。
間の抜けた声が、思わず口から出てしまう。
ぴーひょろろーと、トンビが高く鳴いている。
え、だって、なんかあっけなくない?














編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。