飯島夏樹君へ
私は過去の人間です。
まだ、夏樹君のことを知りません。
それでも、きっと夏樹君のことが好きになると思います。
十歳だと声は高いのかな。
身長はどれくらいなのかな。
好きな食べ物は何かな。
天文学は好きですか。
夏樹君から星の話を聞きたいです。
一緒に夜空を見上げて綺麗だと言える仲になりたいです。
夏生さんのことをきっと恨んでることでしょう。
だから、夏生さんから聞いた性格ではないのかもしれません。
私に過ちがあるだとずっと悩んでいます。
でも、きっと二人で乗り越えたいと思います。
いつか私とチェスをしましょう!
私は今まで世界中を渡り歩いてチェスをしました。
対局をする度に棋譜は残さないようお願いしました。私の棋譜は唯一、夏生さんとの対局だけなんです。
だから、私は歴史上では存在しえない幻の棋譜となりました。それは夏樹君がいる時代でも変わりがありません。
名前だって、苗字があるのはおかしいみたいです。
そう、夏生さんから聞きました。
たった一つの棋譜のために多くの出会いがありました。
これが、川上咲としての最後の人生となります。
今日は夏生さんとのお別れの日です。
そして、松島伊織としての始まりでもあります。
それではこの辺で私の手紙を終わりにしたいと思います。
二百年後に渡せるかな。
私の胸の内に留めておくかもしれません。
夏生さんと一緒に歩んだように、今度は夏樹くんと一緒に歩きたいです。
いつまでも。
川上咲&松島伊織
fin
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!