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第1話

1 私が婚約破棄された理由
8,817
2024/03/29 02:00
ニコラス
ニコラス
ネファード侯爵令嬢ベアトリーチェ!
お前との婚約は破棄させてもらう!!
 王太子ニコラスの言葉に、卒業パーティーの会場はシンと静まり返った。

 楽しくおしゃべりしていた貴族令息や令嬢たちは口を閉ざす。
 ニコラスからにらまれた私もまた、とっさに言い返すことができなかった。
リーチェ
リーチェ
(ついに来てしまったようね)
リーチェ
リーチェ
(いいえ
 逃れられなかったと言うべきかしら)
 チラリと見た先には、ニコラスに肩を抱かれた少女がいた。
 勝ちほこったように微笑んでいる彼女の名前はキャンディ。

 ふわふわのわたあめみたいな髪。
 甘えるように潤んだ大きな瞳。
 淡いピンク色のドレスが似合う天使みたいな姿。
 誰からも愛される、本当にかわいい女の子。
 
 だけど、今の表情は悪魔みたいだ。
リーチェ
リーチェ
(それこそが
 あなたの本性だったってわけね)
 私は心の中でふんと鼻を鳴らした。 

 やばい同性ってなんとなくわかるものだ。
 ニコラスはかわいい顔にすっかり騙されているみたいだけど。
ニコラス
ニコラス
キャンディが泣いて訴えてきたのだ
ベアトリーチェから耐えがたいイジメを受けていると
ニコラス
ニコラス
何もしていないのに罵声を浴びせかけられたり
お茶会に一人だけ呼んでもらえなかったりしたそうではないか
ニコラス
ニコラス
キャンディの愛らしさに嫉妬しっとしてやったのだろうが
ネファード侯爵家を笠に着てやっていいことではないぞ!
リーチェ
リーチェ
お言葉ですが、ニコラス殿下
私はイジメなどしたことがありませんわ
 手にしたレースの扇をきゅっと握って声を張った。
 そうしないと震えてしまいそうだったから。
リーチェ
リーチェ
たしかにキャンディ様を注意したことはあります
リーチェ
リーチェ
けれど、それは彼女が
婚約者のいる男子とお近づきになろうとしたからです
リーチェ
リーチェ
お茶会に呼ばなかったのは
彼女に恋人を寝取られ――失礼
リーチェ
リーチェ
奪われたご令嬢を慰めるために開いた
お茶会だったからですわ
リーチェ
リーチェ
奪った当人を呼んでしまったら
慰めるどころではありませんでしょう?
 キャンディは貴族ではない。

 国中に独自の流通経路を持つ豪商ユニカルトの娘で、多額の入学金を支払って貴族学園に転入してきた平民だ。

 しかも数年前まで孤児院にいたらしい。
リーチェ
リーチェ
(彼女の母親は、ユニカルトの屋敷で働いていた侍女だったのよね)
 その女性は、妊娠がわかるとすぐに屋敷を出て行った。
 そして人知れずキャンディを産み、すぐに亡くなったそうだ。

 キャンディは、その後しばらくして父親に引き取られたという。

 かろうじて文字の読み書きはできたが、社交やマナーはからきしという状態。
 当然ながら、編入した貴族学園で悪目立ちした。
リーチェ
リーチェ
(けれど、彼女には大きな武器があったのよ)
 子猫のように愛らしい外見。
 そして、突如として目覚めた聖なる力だ。

 キャンディは、けが人に手を触れて立ちどころに治してしまう。
 そんな聖女のような女の子を、貴族の令息が放っておくはずもなかった。
リーチェ
リーチェ
(そして、彼女も自分の武器を使うのに躊躇ちゅうちょしなかった)
 べったべたに甘えてくるキャンディに男子はみんなメロメロ。
 そして女子は、なんだあの平民いけすかねえとメラメラ。

 そんな状態だった。
 私が注意しなければ別の誰かがキャンディに意地悪していたはずだ。
リーチェ
リーチェ
私はキャンディ様の立場が悪くならないよう気を配っておりました
イジメられたというのは勘違いですわ
ニコラス
ニコラス
この期に及んで言い訳するつもりか! 
ニコラス
ニコラス
お前が王太子の婚約者の立場を利用して
周りにいばっていたと証言する者もいるのだぞ!
 それって一体どこの誰かしら。
 パーティー会場を見渡すと、キャンディの取り巻きの男子たちが目をそらした。
リーチェ
リーチェ
(絶対あいつらだわ)
キャンディ
キャンディ
ニコラスさまぁ
わたしが悪いんです
 怒るニコラスに、キャンディが訴えた。
 丸くて大きな瞳にたっぷりと涙をため、ニコラスの胸に寄りかかる。
キャンディ
キャンディ
わたし、貴族の常識がよくわからなくて……
キャンディ
キャンディ
孤児院にいた時は
男女分けへだてなく仲良くなるものだったんです
キャンディ
キャンディ
この学園でも
同じように友達を作ろうとしたのがいけなかったんです
キャンディ
キャンディ
わたし、ベアトリーチェ様に謝ってきます
ニコラス
ニコラス
君が謝る必要はない
キャンディ
キャンディ
いいえ、謝らないと
 ぐすぐす泣いていたキャンディはふわっと微笑んだ。
キャンディ
キャンディ
わたし、ニコラス様と運命の恋に落ちてしまったんですもの
キャンディ
キャンディ
ベアトリーチェ様にちゃんとご説明します
キャンディ
キャンディ
わたしとニコラス様が
どれだけ本気で愛し合っているのか
 そう言ってキャンディは私の方へ向かってくる。

 ガサガサ音がすると思ったら、彼女のドレスの衣ずれの音だった。
 子ども服みたいにフリルたっぷりだからうるさいのだ。

 彼女の装いに、王太子の隣に並ぶための品格はない。
 慎ましいドレスを選んできた私とは正反対だ。

 キャンディには、私が妃候補として必死に身に着けた教養もない。
 貴族の血も流れていない。
リーチェ
リーチェ
(それなのに、ニコラス様は彼女の方がいいの?)
 ちょっとした敗北感とやるせなさが湧き上がってきて、思わずため息が出そうになった。
リーチェ
リーチェ
(彼を愛しているわけではなかったけど)
リーチェ
リーチェ
(ここで謝られたら
 私は彼女を許さなければならない)
リーチェ
リーチェ
(拒否すると私が悪役みたいだもの)
 こんなのつるし上げだ。
 悔しくて涙が出そうになる。

 私の真正面にきたキャンディは、祈るように両手を組んだ。
キャンディ
キャンディ
ニコラス様を奪ってごめんなさい
ベアトリーチェ様
キャンディ
キャンディ
許せないと思いますけど
わたしは心からニコラス様を愛しています
キャンディ
キャンディ
身分違いだって分かっていても
この恋は止められません
キャンディ
キャンディ
この気持ち
あなたにもわかりますよね!
リーチェ
リーチェ
ひっ
 いきなりキャンディに手を掴まれた。
 びっくりして振り払った、その瞬間。
キャンディ
キャンディ
きゃああっ、痛いっ!!!!
 叫びながら、キャンディは自分の手の甲を思いっきり引っかいた。
リーチェ
リーチェ
(は?)
 この人、自分で自分を傷つけたんですけど……。
 あ然とする私を指さして、キャンディは泣きわめく。
キャンディ
キャンディ
ひどいわ、ベアトリーチェ様!
キャンディ
キャンディ
いくら婚約者を奪われて悔しいからって
扇で突き刺すだなんて!
キャンディ
キャンディ
ほら、こんなに血が出ているわ!
 キャンディの手から赤い血がツーと垂れた。
リーチェ
リーチェ
ち、違うわ
リーチェ
リーチェ
私は突き刺してなんかいませんっ
 キャンディの陰になってニコラスには見えなかっただろう。
 しかし、あれだけ派手に動けば自作自演を目撃した人がいるはず。

 周りに助けを求めたが、目が合ってもそらされた。
 仲良しだった令嬢も、顔を背けて石のように固まっている。

 私ははっとした。

 みんな、ここでキャンディに逆らったら悪者にされるとわかっているのだ。
リーチェ
リーチェ
(こんなことになるなんて!)
駆け寄ってきたニコラスは、キャンディの怪我を見て顔を真っ赤にした。
ニコラス
ニコラス
もう我慢ならん!
ニコラス
ニコラス
ベアトリーチェ、お前は追放だ!
ニコラス
ニコラス
二度とキャンディを傷つけられないように
辺境に送ってやる!!
キャンディ
キャンディ
……待ってください
 キャンディは、自分の傷に手のひらを押し当てた。
 手が外された時には聖なる力ですっかり治っていた。
キャンディ
キャンディ
わたし、辺境よりもずっといい場所を知っています
ベアトリーチェ様にお似合いの
 意地悪な笑顔を向けられて、背筋が冷えた。

 私の嫌な予感はよく当たるのだ。
キャンディ
キャンディ
ベアトリーチェ様を郊外の娼館へ
キャンディ
キャンディ
傷つけられるのがどんなに苦しいことか
そこで存分に味わってもらいましょう
リーチェ
リーチェ
し、娼館……?
ニコラス
ニコラス
キャンディが言うならそうしよう
連れていけ!
 ニコラスが命令すると、取り巻きが私を取り囲んだ。
リーチェ
リーチェ
やめて!
離して!!
 必死の抵抗もむなしく。
 
 私は四方八方から伸びてくる手に捕えられた。
 そして、引きずられるようにパーティー会場から連れ出されたのだった。

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