王太子ニコラスの言葉に、卒業パーティーの会場はシンと静まり返った。
楽しくおしゃべりしていた貴族令息や令嬢たちは口を閉ざす。
ニコラスからにらまれた私もまた、とっさに言い返すことができなかった。
チラリと見た先には、ニコラスに肩を抱かれた少女がいた。
勝ちほこったように微笑んでいる彼女の名前はキャンディ。
ふわふわのわたあめみたいな髪。
甘えるように潤んだ大きな瞳。
淡いピンク色のドレスが似合う天使みたいな姿。
誰からも愛される、本当にかわいい女の子。
だけど、今の表情は悪魔みたいだ。
私は心の中でふんと鼻を鳴らした。
やばい同性ってなんとなくわかるものだ。
ニコラスはかわいい顔にすっかり騙されているみたいだけど。
手にしたレースの扇をきゅっと握って声を張った。
そうしないと震えてしまいそうだったから。
キャンディは貴族ではない。
国中に独自の流通経路を持つ豪商ユニカルトの娘で、多額の入学金を支払って貴族学園に転入してきた平民だ。
しかも数年前まで孤児院にいたらしい。
その女性は、妊娠がわかるとすぐに屋敷を出て行った。
そして人知れずキャンディを産み、すぐに亡くなったそうだ。
キャンディは、その後しばらくして父親に引き取られたという。
かろうじて文字の読み書きはできたが、社交やマナーはからきしという状態。
当然ながら、編入した貴族学園で悪目立ちした。
子猫のように愛らしい外見。
そして、突如として目覚めた聖なる力だ。
キャンディは、けが人に手を触れて立ちどころに治してしまう。
そんな聖女のような女の子を、貴族の令息が放っておくはずもなかった。
べったべたに甘えてくるキャンディに男子はみんなメロメロ。
そして女子は、なんだあの平民いけすかねえとメラメラ。
そんな状態だった。
私が注意しなければ別の誰かがキャンディに意地悪していたはずだ。
それって一体どこの誰かしら。
パーティー会場を見渡すと、キャンディの取り巻きの男子たちが目をそらした。
怒るニコラスに、キャンディが訴えた。
丸くて大きな瞳にたっぷりと涙をため、ニコラスの胸に寄りかかる。
ぐすぐす泣いていたキャンディはふわっと微笑んだ。
そう言ってキャンディは私の方へ向かってくる。
ガサガサ音がすると思ったら、彼女のドレスの衣ずれの音だった。
子ども服みたいにフリルたっぷりだからうるさいのだ。
彼女の装いに、王太子の隣に並ぶための品格はない。
慎ましいドレスを選んできた私とは正反対だ。
キャンディには、私が妃候補として必死に身に着けた教養もない。
貴族の血も流れていない。
ちょっとした敗北感とやるせなさが湧き上がってきて、思わずため息が出そうになった。
こんなのつるし上げだ。
悔しくて涙が出そうになる。
私の真正面にきたキャンディは、祈るように両手を組んだ。
いきなりキャンディに手を掴まれた。
びっくりして振り払った、その瞬間。
叫びながら、キャンディは自分の手の甲を思いっきり引っかいた。
この人、自分で自分を傷つけたんですけど……。
あ然とする私を指さして、キャンディは泣きわめく。
キャンディの手から赤い血がツーと垂れた。
キャンディの陰になってニコラスには見えなかっただろう。
しかし、あれだけ派手に動けば自作自演を目撃した人がいるはず。
周りに助けを求めたが、目が合ってもそらされた。
仲良しだった令嬢も、顔を背けて石のように固まっている。
私ははっとした。
みんな、ここでキャンディに逆らったら悪者にされるとわかっているのだ。
駆け寄ってきたニコラスは、キャンディの怪我を見て顔を真っ赤にした。
キャンディは、自分の傷に手のひらを押し当てた。
手が外された時には聖なる力ですっかり治っていた。
意地悪な笑顔を向けられて、背筋が冷えた。
私の嫌な予感はよく当たるのだ。
ニコラスが命令すると、取り巻きが私を取り囲んだ。
必死の抵抗もむなしく。
私は四方八方から伸びてくる手に捕えられた。
そして、引きずられるようにパーティー会場から連れ出されたのだった。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。