凍てつくような寒さの中、私は鬼を探して歩いていた。
特に進展もないまま年末となり、私は食糧目的以外の鬼殺も容認されるようになってきた。
あまりにも私が次々と鬼を殺して回るものだから、私は鬼でありながら鬼殺隊内で妙な基盤の薄い信頼を獲得しつつあった。
気配には気づいていた。
まさか声をかけられるとは思わず、少々驚きながら振り返る。
季節に不似合いな薄着の鬼が立っていた。
猗窩座。江戸の中期に鬼となったが、人間を喰うことよりも己の鍛錬を重視し高みを目指す武闘家。
私のかつての同僚で、唯一それなりに交流してきた鬼だ。
猗窩座が私の服装を見て尋ねた。
特段咎めるような語気の強さは無かった。
私は人差し指を口元に当てて答えた。
猗窩座は溜息をついて呆れたような冷たい目で私を見る。
鬼には序列があり、上位の鬼は下位の鬼に対して脳内で話しかけることができる。
これも無惨の細胞を通して行われることなので、私のように無惨の支配から外れるとこの通話ができなくなるのだ。
私が無惨の支配を逃れているのはもちろん秘密である。
私は気づかれずに支配から逃れるためにできるだけ鬼…特に十二鬼月のような上位の鬼との接触を避けてきた。
ただ、猗窩座だけは少し事情があり多少の交流があったので気づかれていたというわけだ。
懇願するように言うと、猗窩座は興味なさそうにそっぽを向いた。
百何十年前、鬼になりたての猗窩座は頻繁に私に勝負を挑んできた。
その時は私に対して饒舌に話しかけてきたのに随分と冷たくなったものだ。
そして同時に、前に天元が言っていた『俺はお前に興味がある』というどこかで聞いたことがあるような言葉は猗窩座のものだったかと一人で納得して頷いている私を当の猗窩座は怪訝な表情で見つめていた。
十二鬼月は初めは無惨に叙せられた。
私はその時無惨の支配は外れずとも既に息を潜めて暮らしていたから無惨の目には止まらなかった。
その後も十二鬼月になるための戦い…入れ替わりの血戦を申し込もうなんて馬鹿なことはしなかったし、無惨の支配を解くことに全身全霊を捧げたから私は十二鬼月になったことはない。
それに無惨は人間を喰いたがらず向上心の欠片もない私への興味などとうに無くしてしまった。
特に猗窩座を鬼にしてからは顕著だった。
…私にとっては好都合だったのだが。
とはいえ私の力が十二鬼月に及ばないかと言われれば甚だ疑問である。
上弦は知らないが、今まで出会った下弦の鬼は全て喰って殺してきた。
私は猗窩座の言うほど弱くはないだろう。
ただ、弱いと思われていた方が都合は良いから良しとしている。
眼前にちらちらと白いものが舞った。
空を見上げると、月は出ているが雲の範囲が広がっている。
雪の結晶が濃紺の隊服に落ちて月明かりに照らされ、きらきらと輝いた。
猗窩座に目を移して微笑むと、猗窩座は気味悪そうな顔をした。
猗窩座は心底意味がわからないという表情だった。
私はそれを見て一抹の哀しさを覚えた。
猗窩座は人間の頃の記憶を全て忘れてしまっている。
鬼になる前の猗窩座を覚えているのは無惨と…そしておそらく私だけ。
そして私は無惨よりも猗窩座のことを知っていた。
その凄惨な過去を猗窩座の代わりに記憶している。
またその質問か、と猗窩座はげんなりした表情を浮かべた。
強くなって守りたいものがあったのでしょう、と心の中で付け加える。
駄目か、と肩を落とした。
猗窩座は人間の頃の記憶を思い出すつもりはないらしい。
初めの頃は幾度か思い出させようと頑張ったこともある。
しかし彼は断固として思い出さず、そのうちに鬼化が進んで人格も変貌し、私は諦めてしまった。
諦めつつも、こうやって雪などが降るとつい猗窩座に話しかけてしまうものだった。
踵を返した猗窩座を追いかけるでもなくぼんやりと見つめながら呟いた。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。